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ちっさくなった五条と姉1

「あきらさん、ちょうどいいところに」

実習を終え報告に訪れた高専校舎で、聞き慣れた後輩の声に呼び止められ、あきらは携帯に落としていた視線を上げた。にこにことうさんくさい微笑みを浮かべる一つ下の後輩は、片手を上げて手招きをしている。
先輩を呼ぶにしてはなかなか偉そうなそれに口の端をひきつらせて、あきらが「あんたねえ」と言い掛けた時だった。

「……おねえちゃん?」

どこかで聞いたことがあるような、懐かしいような。
子供の高い声。

にっこり笑う夏油が指し示すように視線を移すのにつられて、あきらもその先を見る。
目を丸くした。

「え、」

夏油の後ろ。

「さ、悟……?」

やたらと膨らんで見える制服に隠れるようにして、在りし日の弟が興味津々の瞳であきらの方を窺っていた。
 

**
 

五条あきらには弟が一人いる。

複雑な事情を抱えた家では珍しく、父も母も同じくする弟だ。年が近いこともあって、小さい頃は仲が良かった。
あきらの着物の端をつかんで後ろをついてまわる弟は鬱陶しくもあったがかわいくも思っていたし、おねえちゃんと舌っ足らずに呼んでくる声も嫌いではなかった。
ただそれは本当に小さかった頃の話で、今の関係は頗る悪い。
五条の術式を継ぐことができなかった上、女として産まれたあきらは早くに親からの関心を失った。逆に弟は数百年に一度と言われる才を持ち合わせていた。
本人達にそんなつもりがなくても、周りがそのつもりで育てているのなら、いくらか影響はあるものだ。
弟を羨む気持ちがなかったとは言えない。それを敏感に嗅ぎ取った結果なのかはわからないが、多分今の弟は、あきらのことを盛大に嫌っている。
 

「呪霊の仕業ぁ?」
 

ぎゅっと小さな両手で包まれた手を握り返しながら、あきらは夏油の隣を歩いた。大まかに状況の説明を聞き、片方の眉を跳ね上げる。その仕草は普段の親友を思い出すに足るもので、夏油は思わず吹き出した。
背丈が小さいのと大きいの、四つの瞳に怪訝そうな視線を向けられ、「失礼」と取り繕う。どうもそのようです、とあきらに向かって続けた。

「硝子にも見せましたが……反転術式でどうにかなるものでもないそうです。体内に入り込んだ呪いが抜けるまで、待つしかないと」
「どれくらい?」
「わかりません。一日かもしれないし、一週間かもしれない」
「…………」
「とりあえず夜蛾先生に伝えて、明日以降の任務は取り消してもらっています」
「……そう」

眉を寄せて何か考えるような素振りを見せるあきらを、小さな悟が不安そうに見上げる。それに気づいたあきらが、なんでもないよと表情を和らげて、不安を散らすように悟の白い頭を撫でた。悟は嬉しそうに、あきらの手を享受している。
驚いたような顔をする夏油を見て、「何」とあきらが尋ねた。

「いえ。随分仲がいいんだなと思っただけです」
「……まあ、昔はね」

言葉を濁したあきらが、不意にしゃがんで弟を抱え上げた。ぎゅっと抱きついてくる弟を見て笑いかけたその顔は、少し寂しそうにも見えなくもない。

「とりあえず事情はわかった。悟はしばらくこっちで預かる」
「お願いします。何かできることがあれば手伝いますので」
「ん」

夏油が頭を下げた。抱えられたままの悟が、何の未練もなさそうにまえがみの人バイバイと手を振ってきたので、戻ったら覚えていろよと夏油が顔をひきつらせた。