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地獄の世代を生き抜くために/伊地知

※学生時代
 

コンビニにでも行こうと思って談話室に降りてきたら、付けっぱなしのテレビの前で、なんだか残業開けのサラリーマンのようにたそがれている後輩を見つけた。

「なんでそんな疲れてんの?」

驚いて声をかけると、一つ下の後輩はゆっくりとこちらを振り返る。先輩、お疲れさまです、と覇気のない声が、それでも律儀に挨拶をする。

「疲れてんのはそっちでしょ。どうしたの」

後輩を特別かわいがっているという意識はないが、それでも先輩としての責任感はある。相手が同じ補助監督を目指す後輩ならば尚更だ。
コンビニに行く予定を取りやめて、あきらは伊地知の側のソファーに座った。
話してみな、と普段よりも優しい声で言ってやると、伊地知が眉尻を下げてあきらさぁんと泣きつくような声を出す。

「特別何があったわけでもないんですけど」
「うん」
「疲れてしまって」
「まあそれはわかってる」

で、何、と先を促すと、伊地知は途端に口を閉じた。きょろきょろと辺りに人がいないことを確かめ、それでも踏ん切りがつかないのか、子犬のような目であきらを見た。
許可を出すつもりで、あきらがうん、と頷く。

「………………五条先輩が」
「……あー…………」

ひとつ上の困った先輩の名前を、伊地知は遠慮がちに漏らした。
五条悟。変わり者が多い呪術師の中でも、飛び抜けて灰汁が強い。決して悪人ではないのだが、強すぎる我とそれを通す強さを持ち合わせているから始末が悪い。
あきらに言わせれば、構ってちゃんというやつである。
伊地知がそんな困った先輩に最近よく構われているのはあきらも知るところだった。
五条に慣れて塩対応が基本になってしまったあきらや七海のような一つ下の後輩たちがつまらないと散々文句を垂れていたところに入ってきた新しい後輩だったから、単純に嬉しかったのだろう。
しかも伊地知は真面目で、どんな無茶ぶりをされても丁寧に対応するから、余計気に入ったのに違いない。

悪い人ではないのはわかるんですが、ちょっと……と言葉を濁した伊地知に向かい、あきらはなるほどね、と腕を組んだ。

「ただでさえまだここの生活に慣れてないからね」
「そうなんです……」
「……ねえ伊地知」
「はい?」
「いい言葉教えてあげようか」

そう言ってあきらがにやりと笑ったので、伊地知はへ?と首を傾げた。
よくわからないままはい、と頷いてみる。

「第一に『知りません』」

あきらが指を立て、ゆっくりはっきりと発音した。

「次、『わかりません』。最後に『興味ありません』」
「……えっと……」
「復唱!」

ハイ!と手を叩いたあきらにびっくりしつつ、伊地知はぽつぽつとあきらの言葉を繰り返す。
あきらが満足げに頷いた。

「五条先輩、こういうのすごくダメージ受けるみたいだから」
「ダメージ、ですか」
「まー七海の真似なんだけどね」

へへ、と悪戯っぽく笑って、「でも効果あるから」と結ぶ。
実を言うと、あきらも去年は結構困っていたのだ。
最初は何もかもに慣れていなくて、一生懸命相手をしていたが、そのうち疲れてどうにかしなきゃと考えを改めた。手本にできる同学年がいたのはあきらにとって幸いだったと言える。
まあ残念なことに、これで全てを免れられるわけではないのだが。

「そうなんですね……!」

伊地知の目がちょっとだけ生き返った。
そうしてもう一度、先ほどよりもはっきりと唱えたところで、ピピピと味気ない着信音が鳴る。
ピタリと動きを止めた伊地知が、のろのろとした動作で電話の主を確かめた。

「誰」
「………………五条先輩です」

携帯を開き、画面を確かめた伊地知がどうしましょうという顔をした。あきらは出ろ、と短く命令した。

「ちょうどいいから一発かましてみな」
「…………、はい……」

ピッ、とボタンを押して、伊地知が電話に出た。
開口一番出るのが遅いと詰られたらしくすみませんと謝っている。

「はい、……はい、え?あの」
「…………」

会話の内容はわからない。しかし、また何かを調べるようにとか用意しといてとか色々言われているような気配がする。
あきらはじっとその様子を見守った。

「……あの、五条先輩!」
「!!」

とうとう決意した伊地知が、少し声を大きくする。
あきらが今だ、やれ、とジェスチャーをした。

「その、し、」

頑張れ!と応援するあきらを見て、一文字目を口に出した。
あと四文字。

「えーっと、その。し……」

と思ったらみるみるうちに眉尻が下がった。

「…………調べます。ハイ」

その後何度か相槌を打ち、失礼しますと電話を切った。

「…………」

居心地の悪い沈黙の中、あきらがなんとも言えない表情を浮かべ、伊地知を見ていた。

「……あのねえ」
「すみません…………」

申し訳なさそうに小さくなった伊地知は小動物か何かのようで、なぜかあきらの方にも罪悪感がわく。結局何も言えず、あきらは腕を組み、小さく溜息を吐いた。

※地獄の世代みんなガラケー世代ですよね!?ガラケー描写をまた書く日が来るとは思わなかった