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何あげよう/五条

※学生時代

 

十二月七日。
冬とはいえど青空の見える、清々しいこの日はどうやら一つ上の騒がしい先輩、五条悟の誕生日らしい。
実習で一緒になった夏油が、帰り道に教えてくれた。

「あー、確かに冬生まれっぽいですもんね」
「髪だけ見て言ってるだろ」
「そんなことはないです。心外です」

あきらがふるふると首を振り、わざとらしく憤慨して見せると夏油ははいはいと苦笑した。まるで信じられていないがどうでもいい。どうせ嘘なので。

けれどまあいいことを教えてもらった。
あの先輩の普段の言動からして、こういう祝い事をスルーすると後がうるさいに決まっているのだ。
ここで何もせずに一日を終えたとなれば、尊敬すべき先輩の誕生日に祝いの言葉もプレゼントもよこさなかったと一年後くらいまでぶちぶち事あるごとに文句を言われるに違いない。それはなんとしても避けたい。
問題は。

「プレゼントか……」

当たり前ながら何も用意していなかった。
なんでもいいからそれっぽい物さえあれば、あとは話術でどうにでもなるはずだからいい、とあきらは思考を巡らせる。相手は欲しいものの大体が望めば手に入る五条家の坊、プレゼントなんか喜ばれないことが前提だ。
そういえば部屋に新品のタオルがあったと一瞬思ったが、ちょうど昨日使っていたタオルが破れたので下ろしてしまったんだった。間が悪い。
「おめでとうって言えば十分だと思うけどね」と夏油は笑うが、あきらはハッと鼻で笑って返した。

「夏油先輩は何もわかってないですね」

後輩の舐めた態度にピキ、と夏油の顔が強張る。あきらは気づかずにそんな無欲な人じゃないですよやれやれそれでも親友ですかと馬鹿にしたような声で言った。夏油の腕が目にも止まらぬ速さで伸びてきて、あきらのこめかみの両側にゲンコツが押しつけられる。

「え」
「たまには上下関係を叩き込まないと」
「えっ、い、いたたたたたたた」

笑顔のままなのがまた怖い。
馬鹿力で万力のように頭をぐりぐりとやられてあきらは涙目で謝った。しばらくその状態が続き、夏油の気が済んだところでやっと解放される。
急いで夏油から距離を取り、あきらはこめかみを労わりながらひとつ上の先輩を睨みつけた。もうしないよ、と爽やかに言う夏油を警戒しながら、先に行きますと苛立たしげに告げる。
そのまま走り出した背中を見ながら、夏油は困った顔でふっと笑った。

 

**

 

走った。無駄に疲れたし冬だというのに汗をかいてしまった。それもこれも夏油が乱暴なせいだし、元はと言えば五条のせいだし、つまり一つ上の学年のせいだ。
その最後の一人は、あきらが辿り着いた寮の共用スペースで、何やらもぐもぐと食べながらこちらを見て「おつかれー」と言った。

「……お疲れさまです」
「何息切らしてんの。遊んでた?」
「ちょっと笑顔が怖い先輩から逃げてきたところで……硝子先輩、何食べてるんですか?」
「これ?」

家入が首を傾げる。テーブルの上に移った視線を追いかけると、そこには箱に入ったお菓子がある。

「饅頭。灰原のお土産」
「あ、帰ってきてたんですね」
「うん、さっき。ご自由にどうぞだって」

ソファーに座り、律儀な同級生の明るい笑顔を思い出しながら、差し出された饅頭を受け取る。包み紙をあけてかじれば、優しい甘みが口の中に広がった。

「そういえば硝子先輩」
「んー?」
「今日って五条先輩の誕生日らしいですよ。知ってました?」
「ああ、知ってる知ってる。去年うるさかったし」
「何かあげました?」
「別に?おめでとうとは言ったけど」

なるほど、と頷く。
同級生だとそれくらいでも許されるのかもしれない。

「あきら、なんかあげるつもりなの」
「まあ……うるさいかなと思って……」
「別におめでとうだけでいいと思うけど」
「夏油先輩も言ってました」
「まーあげたいならあげればいいんじゃない」
「あげたいわけではないです」

全ては保身のためです、ときっぱり言い切るあきらに、家入があっそうと呆れたような目を向ける。
考えながら饅頭をかじり、目の前の箱の中でまだ数個残るそれを見て、あきらははっと閃いた。

 

**

 

訓練場のそばでぶらぶらしていた背の高い白頭を見つけて走り寄ったあきらは、お誕生日おめでとうございます!と目が合うなり頭を下げた。

「……で?」

本日めでたく17歳の誕生日を迎えた五条悟が仁王立ちになってこちらを見据えている。

あきらは怯まず、手に持った小さな饅頭の包みを恭しく差し出した。

「つまらないものですが」
「それ灰原の土産だろ。俺もう食ったけど」
「…………実は誕生日ケーキ予約してたんですけど、ちょっと持って帰ってくる途中で落としてしまって」
「箱ん中入ってたんならまだ食えるだろ。持ってこいよ」
「いやいや、とても五条先輩にあげられるような状態では」
「いいから」
「…………」

頑なな五条の言葉に、とうとう観念したあきらはすみませんでしたと言った。

「でも祝う気持ちは本当ですよ。ほら、私の分のお土産をこうして差し出してるわけですし」
「あきら、口の端に餡子みたいなのついてる」
「えっ!」

ごしごしと手の甲で口の端を拭うが何もついていない。
五条がまた責めるような眼差しを向けているのに気づき、あきらはもう一度ごめんなさいと謝った。