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悪夢と踊る※/夏油

 

ゴトン、と音を立てて、あきらが荷物を取り落とした。
明かりもない暗い部屋。大きな檻に閉じ込められた二人の幼い子供の身体には至る所に暴行のあとがあり、彼女たちに加えられた仕打ちを物語っている。武器をその場に放って檻に駆け寄ったあきらが振り向き、厳しい目で夏油の後ろを睨みつけた。
後ろに並ぶ村民二人はなにかを喚いていた、その言葉はもう、夏油には人の言葉には聞こえなかった。

「よくもこんなこと!」
「あきら」

激昂するあきらに笑いかける。指の先から滲んだ呪霊がいびつな発音で大丈夫、と口にした。
人の負の感情から生まれた呪霊。まだこちらの方が人の言葉として聞こえるのだから、皮肉なものだと夏油は思う。
頭は逆に冷えている。自分がするべきことも見えていた。

「あきら、彼女たちを頼んだ」
「夏油!?」
「私は彼らに用がある。大丈夫だよ」

笑顔のまま振り向いて、並ぶ猿たちに向かって「外に出ましょうか」と呼び掛けた。彼らは間抜けな表情でまた何事かを言った。
 

**
 

信じられなかった。信じたくなかった。
自分たちが助けようとした非術師が、助けるために時に命さえかけている相手が、こんなことをするモノだったなんて。
檻の鍵を壊して開けても、二人の子供は身を寄せ合うばかりで出てきてはくれなかった。だからあきらは半ば泣きながらその中に入り、手を伸ばしても脅えるばかりの二人に言った。

「お願いだから」

お願いだから傷の手当てをさせて。

座り込み、顔をぐしゃぐしゃにして泣くあきらをしばらく見つめた後、二人は恐る恐ると言った様子で近づいてきた。高専に残してきた同級生と違って大きな効果のない反転術式は、それでも時間をかけさえすれば、二人の傷をある程度癒すことができる。あきらは初めて、こんな些細なものでもあってよかったと心の底から思った。

「二人とも、名前は?」
「……菜々子。こっちは美々子」

やっと腫れの引いた顔でおねえさんは、と尋ねられて、あきらだよと答える。あの人は、と多分夏油のことを次に尋ねてきた二人に、それは直接聞いてあげてと微笑んだ。
物音がしたのはその時だった。

「あきら」

振り向いた先にの夏油は、穏やかな笑みを浮かべていた。安心した笑顔で返そうとして、あきらはその頰に血の跡を認める。村民二人と出て行った時にはなかった汚れだ。

「ああ、二人とも、傷は治してもらったんだね。あきらが反転術式を使えてよかった」
「あの、あの、」

あなたは、とさっきまでとは違った躊躇い方で二人は夏油に名前を尋ねた。夏油傑、とまた微笑んで答える同級生に違和感を抱き、それはどんどん大きくなって、あきらの唇はいつのまにか震えている。

「あきら」
「げ、夏油、」
「どうしたんだい。顔が青いよ」
「あのひとたちは?」

発音が覚束ない。

「猿たちかい?」

夏油は晴れた表情で言った。

「猿?」
「ああ、そうだ。彼らは猿だよ。もちろん」
 

一匹残らず殺したさ。
 

三年近くを一緒に過ごした同級生が、これまでと全く同じ笑顔で、当然のことのように言った。ほんとうに!?と興奮気味に声を上げる二人の少女を抱き上げる夏油は幸せそうで、あまりに似つかわしくなくて、まるで悪い夢を見ているようだった。