一度決めてみれば簡単なことだった。
呪霊の手足は夏油自身の手足も同じだ。穢れた手は何が起こったか理解すらできず逃げ惑う下等な生物を掴み上げ、潰し、喰らう。その繰り返し。
昨日まで平和だった村には悲鳴が響き渡る。何もできないのだからせめて静かに死ねばいいのにと、また一つ増えた死骸を見ながら思った。
「……ああ」
村の端。
二人と、一人を残してきたそこのほど近くで、使役していた呪霊の反応が一つ消えた。
二つ。
三つ。
「やっぱり見逃してはくれないか」
呪霊に武器を向けるのはいつものことだった。ただひとつ違うのは、その呪霊は同級生が差し向けたものであるということだ。
助けたばかりの幼い子どもの頭が潰された。あきらは喉の奥から込み上げる嗚咽を押し殺すと、ゆっくり立ち上がる。後ろを振り向く。夏油を見つめた。
「夏油」
暗闇だから色なんてわからない。
けれどその頰に着いた汚れが、赤い色をしていることは考えなくてもわかる。
「なんで」
三年近くを共に過ごした友人は、今も変わらぬ笑顔をあきらに向けている。
変わらないということは、今までも歪んでいたということだ。どこで見逃したんだろう、何故何も気づかなかったんだろう。自問自答を繰り返しても、答えなんてあきらの頭では何も思いつかなかった。何故と疑問を口にした時にいつも正しい答えをくれた相手と、今まさに向かい合っている。
夏油が小首を傾げた。
「わかるだろう?」
「わかんないよ」
「私はできることをやる。精一杯やるさ。今とても気持ちがいいんだ」
それは。
それはこの夏死んでいった後輩の言葉だ。
武器の柄をぎゅっと握りしめた。噛み締めすぎた唇は傷ついて、血の味がしている。
「あの子たちは?」
「……最低限の手当てはした。今は眠らせてる」
「そうか。あきらに任せてよかったよ」
夏油の後ろの空間が黒く裂ける。闇よりも一段暗いその空間から、呪いが這い出でる。それはあきらが知る限り、夏油の手持ちの中で一番力の強いものだった。勝てないことはやってみずともわかる。だってそうだ、あきらは夏油に遠く及ばない、ただの、ただの二級術師だ。
それでも。
「——逃げてくれたら追いかけはしないよ」
「冗談でしょ」
吐き捨てるように言って、あきらは武器を構える。
「意味はあるのかい。敵うはずもないのに」
「ある」
間髪入れずに答えると、夏油はしばらく口を噤んだ。それから微笑んで、そうか、と返した。
**
猿だらけの街を歩く。
気配を辿り、着いた先には硝子がいた。今となっては懐かしい制服に目を細めて、夏油は「や」と声をかけた。
大して驚かれはしなかった。数カ月程度で変わるはずもないが、彼女は相変わらずだ。
少し話した。
問答は手短に。硝子は夏油と言葉を交わしながらも、携帯を取り出して五条を呼ぶ。そうするだろうと思ったからそれはいい。命を賭けた運試し、ただそのためだけに、この場所に来た。
「あ、そうだ」
役目を終えた携帯電話をパタンと折り畳み、硝子は不意に夏油を見た。なんだい、と笑ってみれば、何気ない風に硝子が口を開く。
「あきらは?」
夏油はにっこりと笑った。
「殺したよ」
ふーん、と硝子が頷いた。深く煙草の煙を吸って、ゆっくりと吐き出す。紫煙が宙に溶けていく様を、夏油はなんとなく眺めている。
「……だったら夏油、」
「ああ」
「あんたを許さない」
そう言いながらも向かってはこない彼女は頭がいい。あの日、あの夜、あの村で自分に刃を向けた彼女より。
そうしてくれと返した声は、少し掠れていたかもしれない。賢い同級生はちいさく馬鹿と罵って、また煙を吐き出した。