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五条悟の失恋

夏油は青森に呪霊狩りへ、家入は京都校に怪我人の治療へ。そして取り残された五条とあきらの二人は、暇を持て余して共用スペースでごろごろくつろいでいる。
任務も終わったし暇なのだ。後輩でもやってくればいいのだが、警戒されているのか何なのか一向に現れる気配がない。仕方なく漫画を読んだりテレビを見たり、と時間を潰していたところで、机の上に放置されていた携帯が震えた。
五条の携帯である。

「五条」
「ん〜?」
「携帯鳴ってる」
「おお」

知らせてやると、五条はソファーに寝転がったまま、億劫そうに机に手を伸ばした。携帯を開き、電話の主を確認したと思ったら目を見開いて、体を素早く起こす。

「もしもし!」

あきらが勢いに引いているのも気にならない様子で、はりきって電話に出た。顔と声に押さえきれないくらいの喜色が滲んでいるのを見て、あきらは電話の相手を察している。

五条には好きな人がいる。
分家筋で七つ(五条に言わせると『ちょっとの差』らしい)年上の彼女が六歳の五条の初恋で、かつ今も尚それが続いており、しかも本人がその恋を叶える気満々なことは、同学年の人間にとっては周知の事実だった。
のろけに巻き込まれたことは一度や二度ではないし、小さい頃に並んで撮った写真なんかも見せてもらったことがある。隣を気にしている様子の幼い五条と手を繋いで立っている女の子は、特別美人というわけではなかったが、笑顔のかわいい、優しそうな人だった。

そんな彼女から珍しく連絡があったのだろう。
五条はちょっと頬を赤くして、元気だよとか、なんかあったのとかやりとりを続けている。
青春だなあ、と思いながら聞き流していると、不意に「え」という五条の声が響いた。

「え、……お、おう。そっか」

なにやら雲行きが怪しい。
五条の顔がみるみる曇る。眉間に皺が寄って、吐きそうな顔になっていく。心なしか顔色も悪い。

「……わかった。その」

五条は言葉を切って、しばらく口を閉じた。迷うように数回開けたり閉じたりを繰り返し、最後に、

「おめでとう」

と一言を絞り出す。あきらが驚いている間に、じゃあ、と言って、せっかくの電話を切った。力なく、膝の上に携帯ごと手が落ちる。

「…………ど、どうしたの」
「………………」

尋常ではない五条の様子に驚いて尋ねる。五条は呆然と画面が真っ黒の携帯電話を見つめていた。

「…………ケッコン」
「……」

決まったって、と強ばった声で続けた五条は、まるでこの世の終わりを見たような顔をしていた。
 

**
 

五条悟が死んでいる。
幽鬼のようにふらふら歩き、わざわざ麓の街に降りてまでカラオケにやってきた五条は、腕を引っ張って連れてきたあきらには見向きもせずに、固いソファーに倒れ伏していた。
結婚を告げられたこともそうだが、今までの数年、お付き合いしている相手がいたということに気づかなかったこと、言ってもらえなかったことがよっぽどショックだったらしい。
時々思い出したように起きあがっては、失恋ソングやら恋愛ソングやらをこいつ泣くのかという気の入れようで熱唱し、それからまた倒れる、というのを何度か繰り返している。
いつもならどんなバラードだろうとうるさくシャンシャン鳴らすタンバリンにも、今日は出番がないようだ。

「……元気だしなよ、五条」
「……」

あきらが話しかけてもこれだ。向かいに転がる大きな背中を見ながら、出そうになった溜息をなんとか押し殺した。
慰め役なんて向いていないのだ。そういうのは親友である夏油の役割じゃないかと思うけれど、生憎今彼は遠く青森の空の下で呪霊狩りに励んでいる。

ちなみにさっき夏油と家入に、『五条が失恋しました(泣いている絵文字)』とメールしたら、夏油からは『お土産は奮発するよ』、家入からは変なパンダが踊っているデコメが返ってきた。
もしかすると、二年の面々は誰も慰めには向いていないかもしれない。

「五条〜……」

デンモクを操作して曲を探しながら、ぴくりともしない五条の背中に語りかける。

「大丈夫だって、次があるって」
「……次なんてねーよ…………」

弱々しいながらも、やっと返事があった。まだこちらは向かないが。
あきらはちょっと笑った。面倒なのは面倒だが、ここまで深く人を好きになれるということ自体は、単純に羨ましい。自分の時はどうだったかな、と思い出そうとしてみるが、遠い昔すぎて無理だった。確か幼稚園の時だった気がする、とそれくらいだ。
笑い声が聞こえたのか五条がむっとして、肩越しに睨んでくる。

「あるある。すぐ好きな人もできるし、今度は好きになってもらえるよ。五条にもいいとこたくさんあるじゃん」
「……たとえばどこ」

うわ面倒くさい、と思ったが、相手は失恋して傷心中の同級生である。あきらはうーんと考えて、「顔とか」と言ってみた。

「…………」
「あー、ホラ、背も高いし、強いし。えっと性格も」

いいし、と言い掛けて、ついほんとか?と思ってしまい言葉が途切れる。

「性格も?」
「せ、性格も……」

じっとりと五条に見つめられて、あきらは目を逸らした。

「……まあ、その、おめでとうって言えたの偉いなあと思ったよ」

これは本当だ。
相手は十年近く恋していた人だ。たとえ本心でなかったとしても、祝いの言葉があの場で言えたのはすごいと思った。
そう言うしかないだろ、と拗ねたように返した五条が体を起こしながら、馬鹿みたいにでかい溜息を吐く。

あきらは苦笑してデンモクを操作した。ついこの間出たばかりの新曲を予約すると、すぐにイントロが流れ出す。明るい雰囲気の、誰かに恋している人が歌う歌だった。

「……俺、この歌結構好き」

まだ凹んではいるが、とりあえず死にそうな顔ではなくなった五条が、頬杖をつきつつぼそっと言う。

「うん。私も好き」

あきらが笑ってマイクを握る。五条は再びはーっと溜息を吐いて、またソファーに寝転がった。