※夢主がおかしい
今日もいつもと同じような日だった。順平を殴って蹴りつけて、ようやく満足したのか、上機嫌で伊藤とその取り巻き連中が去っていく。壁を背に、痛む腹をおさえながら、順平は息を吐いて緊張を緩めた。
その時だった。
――吉野君はかわいいなあ。
甘ったるい声だった。
この場に似合わない、言葉だった。
突然の人の気配にひゅっと喉が鳴って、順平は勢いよく顔を上げる。すらりと伸びた二本の足が見えた。女子だ。高遠あきら。先ほどまで伊藤の後ろで、静かに笑みを浮かべていたはずの女生徒が、なぜだか一人で戻ってきて順平を見下ろしていた。
「……何か用?」
見下すような冷たい声が自然と喉から出る。男相手なら蹴りの一つも覚悟するが、相手は力で劣る女だ。数がいないのなら、身構える必要はそんなにない。
彼女は微笑んで、その場にしゃがみこむ。目線を順平に合わせてじいっと見つめると、目を細めてかわいい、ともう一度言った。
「何のつもりだよ」
「私ねえ、吉野君のこと好きだよ。とっても」
「は?」
さっきまで、伊藤の後ろで殴られている自分をただ見ていたのに、何を言っているんだと順平は思う。訝しげな表情だってしていただろう。けれどあきらは頬を興奮気味に赤らめて、順平を見た。
「殴られてるのも蹴られてるのもかわいそうで好き。それでも屈してないところが好き。馬鹿な奴らだって私たちのこと見下してるところが好き。涙なんて簡単に見せてくれないところが好き。何したら泣いてくれるのかなって、ついつい考えちゃう。やっぱり恋かなあ」
「……高遠さん」
「額も、きっと熱かったし、痛かったよね」
ふふ、ともう一つ笑い、あきらの白い手のひらがこちらへのびてくる。柔らかい手つきで、右側に寄せた髪をよけた。額にいくつも残る、これからいつまでも残るだろう火傷の痕を、彼女はとても愛おしそうに見て、それから。
流れるような動作で、唇を寄せた。
暴力ばかりの日常で、突然与えられた柔らかい感触に、順平は信じられない思いで目を見開いた。
「……っ!!」
思わずあきらを突き飛ばすと、彼女はあっさりと後ろに転んで、愉快そうにくすくす笑い始めた。
起き上がったあきらに吉野君吉野君、と呼びかけられる。
「だぁいすき」
甘ったるい声であきらが言う。かわいそうでかわいい吉野君が好きだよと、夢見るような微笑みを、彼女は浮かべていた。