この家で見る何もかもは不思議と色褪せている。自室にしている部屋は、使用人が手入れを怠らないおかげでいつも整っているけれど、照明にだって不足はないはずだが、それでもやっぱりどこか薄暗いし、息が詰まるような心地がする。
自分でさえそうなのだから、あの二人にとっては尚更だっただろうな、とあきらはぼんやり考えた。
外は随分と静かになって、生きている人の気配はもうほとんどない。さっきまで聞こえていた怒号も、何か大きなものが壊れる音も、懇願するような悲鳴も、何もかも収まって、あとの音はあきらの呼吸の音くらいだ。
いや。
廊下が軋む音がした。
次の瞬間障子が開け放たれ、あきらはすっと顔を上げた。
「……何してる」
禪院真希、二年前に出て行った親戚が、返り血に塗れて立っている。記憶にあるより背は伸びて、髪も短くなっていた。顔についた傷と、肌に走る火傷の痕が痛々しい。ひとつきりになった瞳の強さはそれでも昔と変わらず、部屋に座るあきらを真っ直ぐに見据えている。
「真希こそ」
飄々と返すと眉を顰めた。まさかこの家の人間を殺して回っていたなんて答えられるはずもなく、あきらはおかしくなって少しだけ笑う。
「叔父様方は負けたのね」
「ああ」
「直哉兄様も」
「そうだ」
「真依は?」
一瞬言葉に詰まった真希が、ぽつりと言った。
「死んだ」
わかっていたことだ。
伏黒恵、禪院真希、真依の三名を反逆者として殺し、上層部に差し出す。つい二、三日前に出た結論を聞いた時、あきらはそうですかと言った。それを知らせに来た兄は面白がるように、「これでこの家もちょっとスッキリするわ」と笑っていた。
「なんで逃げないんだ、オマエ」
真希が問いかける。あきらは目を逸らして、真希の立つ背景に見える庭を見る。
今となってはうまく思い出せない、遠い日を思った。まだあきらが禪院家の人間として認められていなかった頃、三人で駆け回って過ごしたあの日々を。
「……別に、もういいかなと思って」
「あぁ?」
真希には理由も意味もある。でも、禪院の術式を持つという幸運に流されるように生きてきたあきらにはそれがない。真希がこの家を壊すなら、それと共に死ぬのが、一番自然な結末なのだろう。
逃げることはできる。戦ってみることもできる。自分で死ぬことだって。
でも、どうせなら。
「あまり苦しみたくないの。一突きで殺してくれると嬉しいわ」
この家に散々苦しめられてきたくせに、一番大切なものをなくしたくせに、憎しみも何も宿していない真希の瞳に向かって、あきらは最後に笑ってみせた。