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お盆の話

三人揃っての実習が珍しく長引いた。遅くなったからと担当の補助監督に夕飯をおごってもらい、上機嫌で高専寮まで帰り着いた五条たち三人は、そこでちょっとおかしなものを見た。

「……」

なにかというと。
 

「……あ、おかえり」
 

寮の入り口近くでしゃがみこみ、ひとりぽつんと線香花火をしている自分たちの副担任──高遠あきらである。
 

あきらは手元で散る火花をぼーっと見つめていたが、足音と気配で気づいたのだろう、五条たちを視界に入れると、「随分遅かったね。お疲れさま」と教え子たちを労った。

だがしかし当の教え子たちはそれどころではない。
蒸し暑い夏の夜、わざわざ外に出て、一人で線香花火をしている成人女性。まだ楽しそうにやっているならいいが、その顔はどちらかといえば神妙で、見ようによっては虚無とも言える。
いつも何も考えていなさそうな言動をしているせいでこうなるまで気づけなかったが、これはあれだろう。

病んでいるのだ。

「あきら先生、何か悩んでたんなら相談してくれたらよかったのに……」
「は?」
「とぼけんな。いいから何あったか話せって」
「はあ?」
「夜蛾先生に頼んでしばらく休ませてもらったらどうですか?」
「なんで?」

家入、五条、夏油が優しく声をかけるが、当の本人には自覚がないようで、困惑気味に首を傾げている。その傍らにその辺のスーパーやコンビニで売っていそうな大人数用の花火セットが転がっていたことに気づき、学生たちは余計にうわあという気持ちになった。
 

**
 

(そんなこともあったっけなあ)

水の入ったバケツを運びながら、五条は遠い夏の夜を思い出している。
向かう先には白衣を着た同期の女がいて、五条が山ほど買ってきた花火セットの中をごそごそ探っていた。目当ての蝋燭を捜し当てると、ポケットから取り出したライターで火を着ける。溶けだした蝋を数滴垂らして、その上に立てた。

「禁煙中なんじゃなかったっけ。なんで持ってんの」
「念のため」
「ふーん?」
「学生は?」
「もう来るでしょ。……あ、ほら」

気配を探るまでもない、遠くからでもわかる、賑やかな話し声が近づいてくる。今夜はみんなで手持ち花火をやります!と突然言ってもなんだかんだで参加してくれるのだから、五条はいい生徒たちを持った。
 

「……迎え火ねえ」
 

蝋燭の火を見つめながら、家入が口を開いた。
どうやら同じことを思い出していたらしい。
 

(──だってお盆じゃん。迎え火代わりにと思ってやってたんだよ)
 

学生たちに鬱を疑われていたと知って機嫌を悪くした副担任は、拗ねたようにそう言った。
 

(わざわざセット買って?)
(線香花火単体で売ってなかったから)
(迎え火ってこんなんだっけ?)
(違うね)
(うるさい。どうせなら綺麗な方がいいでしょ)
(綺麗なのもいいですけど、そういうことなら……)
 

賑やかな方がいいんじゃないですか、とどこかの誰かが言い出して、それから寮でもう休むところだった一年も呼びつけて、みんなで花火セットを消化した。あきらが買ったセットの中には大型のものも含まれていたせいで、騒がしすぎて夜蛾が出てきたくらいだ。正座をさせられ、監督不行き届きだと言って一番怒られていたのはあきらだった。

そんな夜もあった。昔の話だ。

「五条せんせー!」

こちらを見つけて手を振ってくる生徒に手をひらひらと振る。

「ここにしか帰ってこれない奴らもいるからな」
「ついでに若者たちの楽しみにもなって一石二鳥じゃない?」

五条がにっと口の端を吊り上げる。そうかもね、と答えながら、家入はなんとなく星の瞬く空を見上げた。