Skip to content

五条の誤算

※学生時代

 

山の上にある高専からはまあまあ遠い麓のコンビニへは、同期四人でのジャンケンに負けたあきらが行くことになった。ただでさえムッとしているあきらに、五条が追い打ちのようにやっぱ三級だとジャンケンまで弱いんだななどとからかう。それに腹を立てたあきらは関係ないでしょと語気を強くして、机の横にかけてあったカバンから財布を取った。出ていく時に教室の扉を乱暴に閉める、というようなことはなかったが、遠のいていく足音は心なしか荒い。

やがてそれも聞こえなくなった頃、家入硝子は呆れたように小学生の子供のような同期の男に視線をやった。

「五条さぁ、ああいうのやめたら?嫌われるよ」
「あぁ?」

古い木の椅子を後ろに倒し、バランスをとりながら五条が応える。

「別にちょっとからかっただけじゃん。なあ?」

心の底からなんとも思っていないような様子で、隣の席の親友に同意を求めた。話を振られた夏油はまあこういうことに関して五条よりはマシな部類であるため、頷くことはせず、「やめた方がいいのは確かだよ」と困ったように笑う。

「なんで」
「好かれたいんだろう?」
「…………」

黙る。
そして不満そうな顔で夏油を見た。

態度からは到底信じられないけれど、この五条悟とかいう、図体だけは一人前の同級生は、同じく同級生の高遠あきらのことが恋愛的な意味で好きらしい。
ちなみに毎回さっきのような調子なので、あきらの方は全く気づいていない。からかわれてはあいつ何なの?と腹を立てて、恋をするどころか、印象は寧ろ悪くなるばかりだ。
でも五条は全然気にしていないのだった。
高専で同級生として過ごす時間は五年もある、生徒数が少ないからライバルになるような男はそうそういない。だから焦る必要はないし、段々距離を縮めていけばいい、そうすればあきらもそのうち自分のことを好きになるはずだと、半ば確信しているようだった。
大した自信である。きっと家でこれでもかと甘やかされて育ってきたに違いない。

「もういっそ好きだって言っちゃえば?」

投げやりに硝子が言った。今のままだと振られるのは確実だが、好意が理由の態度だということが伝わればまだ、あきらの中で変わるものもあるかもしれない。何と言っても硝子たちはまだまだ恋愛の経験が少ない十代の子供なので、勢いに流されることはよくある。
夏油も「もっと優しくするとかね」と苦笑している。
だが五条は論外だとでも言うように眉を寄せた。

「は?やだよ」
「なんで」
「俺からとか、なんか負けたみたいだし」
「……」

今度は硝子と夏油が沈黙した。お互い顔を見合わせて、ダメだこりゃ、とでも言うように溜息を吐く。
恋愛は別に勝ち負けじゃないと、そんなこともわかっていないらしい。
いくら顔やら何やらが良くてもこれじゃあねえ、と二人は目配せして、五条への説教を諦める。

話題は自然と明日に控える出張の話に移った。

時間は瞬く間に過ぎる。報告書を全く読んでいなかった五条へ夏油が書類の束を突きつけ、ぶちぶち言いながらも五条がそれを読んでいる。その光景を横目に硝子が携帯で適当に暇つぶしをしていたところに、遠くから足音が聞こえてきた。

「あ、あきらだ」

どうやら走っている。何をそんなに急いでいるのか、あっという間に教室まで辿り着くと、あきらは勢いよく引き戸を開けた。ちょっとびっくりするほどの音が響き、三人は入り口に立つあきらを目を丸くして見た。

「おい、うるせぇよ」
「硝子!」

珍しく真っ当な五条の文句など耳に入らないようで、顔を上げたあきらは硝子を呼んだ。一体どこから走ってきたのか、肩で息をし、頬も上気している。あきらは大きな声で言った。

「コンビニの店員さんにデート誘われた!今度の日曜映画行きませんかって!」

ガタン、と五条の席の方から大きな音がする。硝子は何度か瞬きをして、それから一言、よかったじゃんと言った。