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新田ちゃんに慕われる

呪術師に学生なんて時代があるように、当然補助監督にも新米の時期はある。
先輩の補助監督の仕事に同行し、任務を経験すること数回。ようやく一人で、ベテランの呪術師と組んで仕事をすることになった新田明は結構張り切っていた。
といってもできることはまだ少ない。
今日はまず任務の流れについて実地で学んでくださいと言い含められていたので、現場に行くと言われては運転し、警察に証拠品を見に行くと言われては運転し、遺族に話を伺うと言われては運転と、やっていることはほぼそれだけだ。

しかしそれでも、勉強にはなる。
目的の呪霊が潜んでいるらしい廃墟の前で、姿勢良く佇む背中を新田は見つめた。

高遠あきら、準一級の呪術師。

自分よりも小さいくらいのその女性が、見かけによらず実力者なのだと言うことを、階級とは別のところで、新田はなんとなく理解し始めている。

「新人」
「はいっス!」

呼びかけにぴっと敬礼をして答えると、呆れたような視線を向けられた。ハーと息を吐いて、調子がいいなと続ける。

「よく言われるっス!」
「……まあいいけど。帳は下ろせるね?」
「はい!」

じゃあお願い、と言われて、新田はこの間覚えたばかりの呪文を口の中で唱えた。
空からとぷりと、液体のような黒い闇が落ちてくる。その向こうに歩いて行きながら、じゃあ行ってくるからと言い残してあきらは消えた。あきらの態度は落ち着いていて、これから異形と戦うというのに気負った様子もない。よっぽど自信があるのだろう。
なるほどあーいうのが呪術師なんスねと、すっかり降りきった帳の外で新田は頷いた。

と。

「忘れてた」

帳の中から、あきらがひょっこりと顔を出す。うわあと驚いた新田が、なんスかなんかやらかしましたかすいませんと慌て出したところで、あきらは言った。

「あのさ、ちょっと離れときなよ」
「え?」
「補助監督の一番大事な仕事は、生き残ることだから」

それは補助監督というより、生き物として大前提のことではないか。
聞いたことがあったかと先輩たちに教え込まれた心得を思い出そうとしている新田に、まあ持論だけどと言葉が続く。

「送り出した呪術師が死んだときに、いち早く知らせて次を送るのが、あんたたちの一番の役目だと私は思う」

だから巻き込まれるな、たとえ術師が死んだとしても、死んではいけない。

そんなことをあきらは、当然のように言った。

「てことで離れてて」
「…………はいっス」

言葉はあまり出てこなかった。
呪術師という仕事が死と隣り合わせなことは、聞いていたし知っていたつもりでいた。けれどやっぱり、本当の意味ではわかっていなかったのかもしれない。
妙に静かになった新米を怪訝そうに見て、あきらは踵を返す。
さっきと同じ、気負った様子のない後ろ姿が、しかし先ほどとは違って見える。それは余裕の表れなのではなくて、きっと積み重ねた覚悟の表れなんだと思った。

「高遠さん!」
「ん?」

振り向いたあきらに、大きな声で新田は「気をつけて!」と声をかけた。

あきらは少し目を丸くしてから、

「ははっ」

笑った。

「偉いじゃん」

今日初めて向けられた笑顔だった。
女性らしく柔らかくなった表情を、新田は半ば呆然として見た。

「――そういうのもさあ、結構大事な仕事だよ」

一言も返せないでいる新田を放って、あきらは前に向き直り、手を数回振ると、帳の中へ消えていく。

「………………」

数十分後、あきらさんあきらさんカッケーっスと呼び方まで改めた補助監督が自分を待っていることなんて、微塵も気づいていなさそうな態度だった。