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二人の五条と閉じ込められる

「絶対無理。ぜっったい触んな」
 

後ろから自分を抱き込み、目の前の男を睨み上げた同い年の恋人をあきらは困った顔で見た。
肩近くに顔を寄せ、警戒を露わにする五条の意図は言葉通りだ。さっきから指一本触らせてなるものかと言わんばかりに術式まで発動している。

「あのさあ」

対して、目の前の男は呆れたように半目になってため息を吐いていた。柔らかそうな白い髪をガシガシと乱暴に掻いて、それはもう面倒そうにしている整った顔にはこれ以上なく覚えがある。

五条悟だ。

今自分を抱き込んでいる五条よりも少し背が高いし、態度に余裕があるけれど、顔はほとんど変わらない。
紛れもない五条悟がもう一人、あきら達の目の前に立っている。俄には信じられないことだが、夢とは到底思えないくらいの現実感があった。

「状況的に仕方ないだろ」

あきらが知るより幾分か柔らかい口調で、大人の五条は言った。右手にはさっき机の上で見つけた紙切れをひらひらさせて、もう一度その文面を読み上げる。

「『セックスしないと出られません』って言われてるんだからさ」

あけすけな単語を聞いて、つい体が強張った。くっついているからよくわかるのだろう、気づいた五条が後ろから、「黙れオッサン」と刺々しい声で罵る。
年を尋ねたときに二十八と笑った大人の五条のことを、十七の五条はさっきからそう呼んでいるのだ。

「あぁん?」
「十七の子供に手出そうとしてんじゃねーよ。犯罪だろ。このロリコン」
「それ、未来の自分に向かって言う台詞?」

知るかと苛立って答えた五条と、どこか余裕ありげに薄笑いを浮かべる大人の五条の間に火花が散って、居心地の悪くなったあきらが縮こまる。
そんな様子に目敏く気付いて、大人の五条がちょっと吹き出した。おまけにかわいいね、とまで口に出すものだから、あきらの口がぽかんと開いた。

「かっ……?」
「制服姿見るの何年ぶりだっけ。背も今より小さいし」

ほんとかわいい、ともう一度言う。
表情は優しげで、視線はひたすらあきらだけに向けられている。後ろで自分を睨みつける過去の自分なんてまるで眼中にないようだ。
あきらは困惑した。
今の五条があきらをかわいいと言うのは、せいぜいそういう行為のときくらいだ。体を寄せ合って、五条を受け入れて、何がなんだか分からなくなっているあきらを見つめ、熱に浮かされたような声でかわいいと繰り返してはくちづけてきたりする。そんな時の五条の顔を自然と思い出して、あきらは途端に恥ずかしくなってきた。頬がじわじわと熱を持っていく。

顔を赤くして黙り込むあきらを見てわかりやすく勘違いした五条が、一層の敵対心を持って目の前の自分を見た。
特殊な瞳を持つ五条は、もちろん目の前の男が、ほかの何でもない自分自身だということを嫌と言うほどわかっている。しかしだからといって、自分のものだと決めた相手を、譲るつもりはないらしい。

「俺達二人で出るからオッサンは一生ここにいろよ」
「嫌だよ。お気楽な学生とは違ってこっちは仕事もあるしね」
「えっ」

あきらがいきなり声をあげた。割り込んできた恋人を、二人の五条がそれぞれ不思議そうに見ると、目を丸くしたあきらが続けて口を開く。

「仕事!?五条が!?」

まさか五条の口から仕事への責任感を思わせる言葉が出る日が来るとは。
さっきまでの恥ずかしさを驚きで塗り替えて、あきらが食い入るように大人の方の五条を見た。見られた五条はサングラスの奥の目を数回瞬かせて、少し間が空く。いたずらっぽく口の端を持ち上げて、得意げに言った。

「ま、僕も大人だからね」

喉の奥でくつりと、あきらの知らない大人の五条が笑っている。

実体がどんなものかはさておいて、時の流れとは改めてすごいものらしい。あの五条が、と素直に心の底から感心している様子のあきらを見て、同じ年の方の五条が更に不機嫌になったのは、最早言うまでもないことだった。