Skip to content

今の五条と姉

「それで、みんなで野球したの?」

クスクスと笑いを漏らしながら差し出されたお茶を受け取り、真希はそーだよ、と返す。あのクソバカ目隠しが、と悪態を吐くとあきらはとうとう声を上げて笑い出した。
弟を馬鹿にされてもどうも腹は立たないらしい女性は、自分の分のお茶を一口飲むと目を伏せる。

「悟のやりそうなことだ」

迷惑を被った両校の学長学生諸君には申し訳ないが、今回のことはかわいいものだろうとあきらは思っていた。元より大抵が殺し合い寸前になる個人戦を、快く思っていないのだ。特級呪霊の襲撃あれこれはあったとはいえ、学生たちに大きな怪我のなかったことをよかったと感じている。

やらかした弟を特に責める様子もないあきらのことを、真希はどこか呆れたような顔をして見た。
その視線をしらっと流して、京都土産あるよと向こうの知り合いに貰った菓子の箱を取り出した。ごそごそと包み紙を取り去って、真希にぽんと投げてやる。

真希にあきらを紹介したのは彼女が言うところのバカ目隠しだ。
家を出て東京にやってきた真希を、校舎と寮の案内が終わった後すぐに術師の居住区となっている棟へと連れていった。

家出のような形で実家を飛び出していること、同じ女性であること、それからこれを悟が意識していたのかはわからないが、同じく姉であること。
二人に共通点はいくつかあったし、あきらは真希の乱暴な口調を気にするような人間でもなかったから、時々こうして会いに行っては、世間話をしたりする関係になっている。あきら自身は年の離れた妹くらいに、真希のことをかわいがっていた。

「真依ちゃん、元気だった?」
「……まぁ。上手くやってるみたいだな」

京都校に所属する妹のことを真希は思い返す。団体戦では鼻息荒く向かってきて、おそらく初めて、本音と本気をぶつけられた。そこから変わったところがあったかと言えば無いと思う。野球をしている時も、東京校滞在の中で顔を合わせても、真依は決して真希と目を合わせようとはしなかった。
そのくせ時々遠くから、野薔薇やパンダと話している真希のことをじっと見ている。
本人はバレていないつもりだろうが、気配に敏感な真希には丸わかりだ。

「……相変わらずよくわかんねー妹だよ」

息を吐いて言うとまたあきらが笑った。その笑い方があんまりおかしそうなので、どうしたんだと問いかける。

「気になるだろ」
「いや、めちゃくちゃ覚えがあるなあと」

思って、と続いたところで、玄関からドアの開く音がしてあきらが顔を向けた。げえ、と真希の顔が歪んだのは、気配で誰だか察したからだ。
あまり経たずにバンとドアが開き、顔を出したのはやっぱり予想した通りの人物だった。

「あれ?真希じゃん、どーしたの、相談?」
「雑談だよ、バカ」
「ていうかいきなり来ないでよ」
「いいじゃん別に。隠すようなもんもないだろ」

それともなんかやってるわけと生徒には向けない口調の悟を、真希は物珍しいものを見る目で見た。

「あーはいはい、勝手にしなさい」
「言われなくても。あっ何これ」

目敏くテーブルの上に置いてあった京都土産に目をつけて、断りもなく手に取った。ソファーにどんと座り、我が物顔で食べ出す甘いもの好きの弟に、歌姫さんからのお土産だよと教えてやる。

「僕には土産なかったのに?おかしくない?」

多分おかしくないとあきらは心中で答えた。歌姫は結構本気で悟のことを嫌っている。

「バカ目隠しも来たしそろそろ帰るわ」
「どういうこと?」

ハアと大きく溜息をついた真希が立ち上がり、あきらは苦笑した。説明を求める悟を遮り、連れ立って玄関へと向かう。
また今度、と挨拶をして見送ろうとしたところで、あきらがそうだ、と手を打った。

「何?」
「さっきの話だけどさ」

真希と、多分その向こうの真依を思い浮かべながら、あきらがくすくす笑った。意図の掴めない真希が眉を寄せると、やっとまともに口を開く。

「弟でも妹でもだと思うけど、あいつら、自分は何してもいいと思ってるんだよね」
「は?」
「でもいざそれで自分が嫌われたりすると、それはもう反発すんの」
「…………」

後ろからお茶ちょうだいとあきらを呼ぶ横柄な声がする。さすがにカチンと来たらしいあきらが、自分で入れろと注意を挟んだ。顔を戻して続ける。

「姉って大変だよ」

ぽんと真希の肩を叩いてあきらが笑う。腑に落ちない顔をした真希を今度こそまたねと見送って、あきらは玄関の扉を閉めた。

「何話してたわけ?」

戻ると必要以上にリラックスした格好の悟が、あきらを見上げて聞いてきた。

「んー、……姉の苦労の話」

はあ?と昔から変わらない生意気な表情を浮かべる弟を見て、あきらは含み笑いをこぼした。