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棘と閉じ込められる

「もういい」

ふらふらよろめきながら、あきらは近くに置いてあったソファーにたどり着く。そうして座面に突っ伏して、拗ねたように言った。
渾身の大技を扉にぶつけたのに、ヒビ一つ入らなかったのが余程堪えたのだろう。自信満々で突っ込んでいったから、その分余計にショックだったのかもしれない。

棘はあきらの近くにしゃがむと、伏せられた頭をぽんぽんと慰めるように叩いた。
次いで髪の手触りを楽しむように撫でてやる。

「あれで駄目なら打つ手なしじゃない?」

くぐもった声が同意を求めてきたので、棘は「すじこ」と答えた。「わからん」とすかさずあきらが返す。

「高菜?」
「だからわかんないって……」

棘とあきらがクラスメイトになって、もう結構な時が経っているけれど、相変わらずあきらと棘は意志の疎通がうまくいかない。
鈍いんだよあいつは、と真希が言っていたので、そういうことなんだろう。棘の方もなんだかんだ、勘違いをしては予想外の反応を返すあきらが面白くて、わざとわかりにくくしている節がある。
とはいえこんな状況だと、少し難しくはあった。

棘はローテーブルに目をやった。正確にはその上に丸まっている紙を見た。
あきらが握りつぶしたそれの中には、この部屋から出る唯一らしい方法が書かれていて、棘もあきらもそれを知っている。

「……」
「ねえ、狗巻」

あきらがいつの間にか顔を上げていて、棘を見ていた。首を傾げて疑問を示す。

「もう仕方ないよ。覚悟決めよう」
「…………」

眉根を寄せたあきらの言葉に、棘は無言で首を横に振る。おにぎりの具では思いが通じないあきらであっても、さすがにそれが否定だということはわかる。あきらがむっとして言い募った。

「そんなに嫌か」

少し間が空いて、こくん、と棘が頷いた。

ますますむっとしたあきらだったが、一転、少し傷ついたような顔になって、ふいっと目を逸らした。
「……じゃあ頑張れば」と素っ気なく言う。

「私ここで休んでるから」

あきらの声にはいつもの元気がない。どうやら悪い方向に勘違いさせてしまったことに棘は気づく。けれど、どうする方法もない。
あきらはただでさえ棘の真意をくみ取れないし、今伝えたいことはちょっと複雑なことだから、おにぎりの具や身振り手振りだけではどうしようもないのだろう。
けれどこのまま背を向ける気にはなれず、棘は考えて、まずあきらの丸い頭を、もう一度優しく撫でた。

「……何」

ゆっくり自分を見たあきらの頬に顔を寄せ、自身の口元を隠すネックウォーマーを引き下げる。ちゅ、と小さく音が鳴った。

「………………はあ!!?」
「しゃけ」
「しゃけじゃないよ!!」

立ち上がって扉に向かう棘を、いつも通りの元気な声が追いかけてきてホッとした。

別にあきらが嫌いだから、その選択ができないわけではないのだ。
誰がこんな不可抗力みたいな状況で、誰かの意志で、思いが通じているわけでもない好きな相手と体を重ねたいと思うだろうか。それだけのことだった。少なくとも棘は嫌だ。

「もーーーっ、意味わかんない!!」

あきらが後ろで喚いている。ちょっと喉で笑ってから、ここからなんとか脱出するべく、棘は扉に向かって口を開いた。