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七海と閉じ込められる

部屋にたった一つの扉の前で、武器の大鉈を振りかぶる七海を見ながら、あきらはどうか耐えてくれと信じてもいないはずの神様か何かに願った。
その願いが通じたのかどうかはわからないが、轟音の後も扉はさっきまでと変わらず存在し続けていて、内心でガッツポーズをする。

「……クソ」

小さく七海が吐き捨てたのを聞いて、もう一回ガッツポーズをした。二回目。

「七海さんでも駄目なら、無理ですね」

諦めたのか休憩なのか、七海が大きく息を吐いて、
あきらの座るソファーの方へと歩いてくる。
にやけそうになる表情筋を力付くで抑え、精一杯のポーカーフェイスで言うと、七海は神妙な顔をして「まだわかりません」と返してきた。どうやらまだ粘るつもりのようだ。往生際が悪い、とあきらは思う。

気がついたら妙な部屋にいた。

窓もなにもない、出入り口と思しき扉はひとつだけ。鍵がかかっているらしく内からは開かないし、しかも七海が一旦諦めたとおり、壊そうにも壊せない。
部屋にあるのはソファーに冷蔵庫、中には少し長引いても困らないくらいの水がある。
そして極めつけは、あきらと七海が最初に寝転がっていた大きなベッドだ。抱き合えと言わんばかりの。

「諦めましょうよ」

向かいに座った七海に、なるべく冷静を装ってあきらが声をかける。七海がちらりとこちらを見て、また大きなため息を吐いた。

「……こんな馬鹿げたことに付き合う義理はありません」
「そうですけど」
「あなただって嫌でしょう」

同意を求められ、あきらはにっこりと笑う。
それを肯定と受け取った七海はほらと言いたげな顔をしたけれど、それは残念ながら勘違いだ。あきらは正直大歓迎である。堅物で真面目で自分のことをまるっきりただの手の掛かる後輩としか見ていない七海と結ばれるチャンスだと思っている。

そう、セックスしないと出られないらしいのだ。この部屋は。

馬鹿げたことだってなんでもよかった。学生時代から続き、七海の数年の出奔を経てこじらせたあきらはある意味で切羽詰まっていた。

「七海さん」
「何ですか」
「七海さんは嫌かもしれないですけど、私、こんなところでぼーっとしてるわけにはいかないんです」
「……」
「今日も明日も任務があるし、私が行かないと誰かが死ぬかもしれません。七海さんだって同じですよね?」

七海の眉間の皺がどんどん深くなっていく。
あきらの言うことは正論のはずだ。あきらや七海といった実力のある呪術師が数日不在にするだけで、失われていく命がこの世には確かにある。裏側が欲にまみれていたとしても、これだけは紛れもない事実だ。

「お願いします」
「…………クソ」

小さく吐き捨てられるそれが、諦めの印だと知っているので、あきらは本日三回目のガッツポーズを心中でした。

「……出た後は、お互い今日のことは忘れましょう」

沈黙の後出てきた前向きな台詞に、忘れないでいいですよと思いながら澄まし顔で頷いた。
どうせ七海は真面目なので、たとえ不可抗力の末といっても、あきらを抱いたことを忘れられるわけがない。そんな人だから好きなのだ。

「私初めてなので、ちょっと面倒かもしれませんけど、頑張りますので」

あともう少しで願いが叶うという事実に少し顔を紅潮させてあきらが言った。なぜか七海が「待ってください」と言い出して、首を傾げる。

「……今なんて言いました?」
「頑張りますので」
「その前です」
「私、初めてなので……?」
「初めてなんですか?」

きょとんとしたあきらが頷くと、七海は猛然と立ち上がり、早足で扉の方へ向かった。

「ちょっとちょっと七海さん何を」
「もう少し試してみますから、あなたはそこにいてください」

気にしないでくださいと言っても七海はこちらを振り向くこともせず、ネクタイを解いて拳に巻き付け始める。

「七海さーん……」
「黙って」

七海の堅さを甘く見ていた。
自分の失言を後悔して、あきらはソファーに倒れ込む。くそーという悪態は轟音に紛れて、幸い七海には届かなかった。