※学生時代
呪術高専に所属している学生たちは、大きく二種類に分けられる。ひとつ、五条や夏油のように、呪術師を目指すもの。ふたつ、呪術師のサポート役、補助監督を目指すもの。高遠あきらはそのふたつのうち、後者に属する後輩だった。
ペアを組んで任務にあたってもらう、と夜蛾から聞いたとき、五条は目一杯顔をしかめてみせた。補助監督になるための教育を受けているとはいっても、あきらはまだ一年だし、生まれ持った才能で戦っていればなんとかなる術師とは違って、補助監督に大事なのは手際の良さや社会常識、機転と言った学びと経験によるものが大きいと知っていたからである。ぶーぶーと思ったまま文句を連ねる五条に、しかし夜蛾はこう言った。そろそろ一人は飽きたと言ったのはオマエだろう、と。
確かに言った覚えはあった。夏の一件以来単独任務ばかり当てられて、同期の夏油や家入と実習に出かけることはめっきりなくなっている。だがそれは気心の知れた友人たちとワイワイやりたいというだけのことであって、役立たずの補助監督もどきでもいい、という意味ではない。
まだ文句を言いたそうにしている受け持ちの生徒を見て、夜蛾がこれ見よがしなため息を吐く。
「とにかくこれは決定事項だ。明日の正午、送迎場所に行くように。空港までは別の補助監督が送る」
わかっていると思うが、時間には遅れるなよ、と念を押す。五条は口を尖らせながら、ハイハイと適当な返事をした。
返事をしたということに返事をした以上の意味は含まれていないため、翌日五条が荷物とともに車の並ぶそこに着いた時には、正午から数分が経っていた。
まあこれくらい、出発時間に影響する範囲ではないとわかっているから悪かったとは思っていない。
送迎役らしい補助監督の男と車の横に立って話していたあきらが、五条に気づくと腕時計を見て、少し非難を込めた眼差しで「遅刻ですよ」と指摘する。
「別にいいじゃん。その分高速で飛ばしてもらえば」
「……」
あきらが物言いたげに五条を見上げた。しばし流れた沈黙に、補助監督の男が「ああっ、そーですね、そろそろ出発しましょうか!」と割り込んだ。あきらはそれ以上何を言うでもなく、大人しく車に乗り込んだ。
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「なあ」
飛行機に乗り、あっという間に東京から遠く離れた地へとたどり着いた二人は、更なる移動のためにバスを待っていた。ベンチに座るあきらはさっきから手帳を開いて、同じく手にした携帯と見比べている。今後の予定を確認しているんだろうと思いつつ、その手帳には個人的に気になるところがひとつあった。
「なんですか」
視線は手帳に落としたままで、あきらが淡々と答える。「それ」と指さすと、やっと顔を上げて、それから五条の指の示す先を確認した。もちろん手帳である。
「コレが何か」
「オマエ、今日ずっとこそこそなんか書いてんだろ。何してんだよ」
「別にこそこそはしてませんけど」
そんなことはどうでもいい。
高専を出発してからこっち、ことあるごとに手帳を取り出しては短く書き付けているあきらに、五条は当たり前に気づいていた。問題なのはタイミングで、たとえば最初は補助監督に急かされて車に乗り込んだ直後だったし、次は五条が土産物を見ていて飛行機の搭乗がギリギリになった後の座席、さっきちょっとガラの悪い感じの男とぶつかって喧嘩になりかけた時はすっと距離をとり、安全圏に移動した後これまた何か書いていた。全部、五条が何かをやらかした後なのだ。
目を細めて吐け、と促すと、あきらはそこでごまかすようにあはっと笑った。今日初めて見た笑顔だった。
「まあ、なんていうか、観察日記っていうか」
「あぁ?」
「夜蛾先生になにかあったら報告しろって言われてるので、困ったことを書き留めておこうかと」
「…………」
要するに告げ口的な。
閻魔帳ってやつらしい。
素早く取り上げて、プライバシーの侵害だと怒った様子のあきらを無視してパラパラと手帳をめくる。後ろの方のページに、報告事項(両側にはドクロのマーク)と題されたものがあり、ちまちましたあきらの字で数行が連ねられている。
一行目、十分ほど遅刻、謝罪なし。二行目、搭乗寸前に迷子。謝罪なし。三行目には現地で無駄にケンカを買う。謝罪なし。
と簡潔に書かれているそれを読んで、わかったのはあきらが、五条が謝らないことに一番腹を立てているということだった。
思ったより陰湿だった後輩に視線を向けると、その隙に手帳を奪い返される。
「もう。このことも書きますからね」
「……」
なんて言ってまたペンを持っている。
とりあえずあきらが何をしていたかを知った五条は、ぐるぐると思考を巡らせていた。
高専に帰った後、この報告がこのまま夜蛾の手に渡ればきっと困ったことになるだろう。これだけではなく普段の言動も持ち出されて正座で説教、ゲンコツのひとつやふたつくらう可能性が大。罰則として課題やら掃除やらをやらされるのもごめんだった。
となれば、である。
「……あきら」
「はい?」
「向こうに売店あったけど、オマエ、なんかほしいもんある?」
ぱちぱちと数回目を瞬いて、五条の意図を悟ったあきらがにっといたずらっぽく笑う。
「一回につき、一個ですからね」
本当に、随分ちゃっかりしている後輩だった。