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ちっさくなった五条と姉3

あきらが五条の家を出てから、もう三年ほどになる。

その当時、家出同然に高専に入学したあきらを止める者はいなかった。
きっとどうでもよかったんだろうと思う。御三家と呼ばれるあの家の中で、相伝の術式を持たないあきらのような術師は重要視されない。強ければまた違ったのかも知れないが、あきらはせいぜい二級止まりの、普通の範疇を出ない程度の術師だ。
結果的によかったのだと、あきらは思っている。
おかげで追っ手もなく邪魔もなく、あきらは最初の一年を、同期の人間と共にある程度楽しく過ごすことができた。

『……なんだよ、その顔』
『…………いや。なんで来たのかと思って』
『オマエが通えるのに、俺が通えないなんておかしいだろ』

二年前の春、高専寮で交わした会話をあきらは思い出す。
むすっとした顔をあきらに向けた弟はいつの間にか随分背が伸びていて、見上げないといけないくらいだった。

あきらを前例にして、弟は無理を通したのだという。
その後すぐ自分宛に掛かってきた実家からの電話を受け、危険が迫ることがあれば何としても悟を守れという父の言葉を聞いた。
弟のことを口酸っぱくして言いつける父の口からは、あきらの近況を尋ねる言葉など、一言だってありはしなかった。
 

「おねえちゃん」

小さくなった弟が舌ったらずにあきらを呼ぶ。なに、と随分優しくなってしまった声で聞けば、こちらを見上げながら「ねむい」と目を擦っていた。
時計を見ればもう十時を回ろうかというところだった。確かに子供にとっては眠い時間だろう。寮で誰かと鉢合わせるたびわあわあと騒いでいたから、疲れてもいるはずだ。
じゃあ寝ようか、と言うと弟はベッドに飛び込んだ。バタバタしている足を苦笑して押さえながら、布団を被せる。

「ちゃんと布団被るように」
「んー……」

一緒に寝るなんてどれくらいぶりだろう。

悟の隣に落ち着き、大人しく横たわった胸の上をぽんぽんと優しく叩く。眠気に負けかけている悟がもごもごと呟いた。

「おねえちゃん、あした、」
「うん」
「そとであそぶ……」
「そうだね、そうしよっか」
「うん……」

すう、と言葉が寝息に変わる。
規則正しい呼吸の音を聞いて、まだちっとも眠くないあきらの顔が綻んだ。あんまり穏やかな気持ちになったので、言わないようにしていた本音が、口から容易く転がり出た。

「……ずっとこうしてられたらいいんだけどね」

それでもし、やり直すことができたなら。
少しは現状も変わるのだろうか。

そんなことはないとわかっている。どこからやり直したところで、あきらに五条の術式は備わらないし、普段の悟が馬鹿にするように、ずっと弱いままだ。わかっているから、特別優しい手つきで、今そこにある柔らかい頬を撫でた。懐かしい手触りだ。
ううん、と悟が唸る。

「ずっと仲良くできたらな」

それもできないことだと、あきらはよくわかっている。