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「──ふざけんな!」
 

怒鳴り声で目が覚めた。五条悟、親友の聞き慣れた声だ。カーテン越しにぼんやりと聞く声はいつもと違ってふざけてもとぼけてもいない。怒りと困惑とをはらんで未だに意識のはっきりしない夏油の耳朶を打つ。

「なんで呪霊の討伐に行って、仲間ボコボコにして帰ってくることになんだよ!ふざけんのも大概にしろ!」
「……ごめん。私も結構慌ててたから、とにかく動けないようにしなきゃと思って」
「ああ!?」

感情的にぶつけられる声にぼそぼそとした、気まずそうな声が答える。あの声は誰のだったか──と一瞬考えた。答えはすぐに出る。あきら、高遠あきらだ。

「──っ!」

完全に覚醒した夏油は反射的に身を起こそうとしたが、どういうわけかそれは叶わなかった。体に力が入らない。力が入らないどころか、顎にわき腹、肋に背中と至る所が痛んで息が詰まる。声にならない声で呻く夏油に、「あー」とどこか間の抜けた声がかかる。

「起きたね、夏油」

夏油が転がるベッドのそば、粗末な椅子に座った家入硝子が、夏油を見た。ついとカーテンの外に視線を投げて、「五条がうるさいから夏油起きたじゃん」と淡々と言う。次の瞬間カーテンが開いて、「傑!」と叫んだ親友が入ってきた。
いきなり増した光量に目を細めているのにも構わず、ずかずかとベッドに近寄ると、一瞬心底ほっとしたような顔を五条はした。それからはっと我に返って、わざわざ不機嫌そうな表情を作る。
「心配かけさせんな」と怒ったように言われて、悪いねと返そうとしたがやっぱり声が出なかった。

「まだしばらく動けないよ。あきらの毒が残ってるから」
「──あきら!」

家入の言葉に怒りを思い出したらしい五条がまた怒鳴る。カーテンの隙間からひょっこりとあきらが顔を出した。目を覚ました夏油を見て少しほっと息を吐くと、「ごめん」と目を逸らす。
ごめんじゃねえよと五条が言った。

「ごめんより理由だろ。仲間ボコって毒まで使うちゃんとした理由があんならとっとと言え」
「……」
「あきら!」

叱りつけるような声にも眉根を寄せるだけで、あきらは口を開こうとしない。違うんだ、理由を話すべきは自分なんだと思っても夏油の口は動かず、ただ沈黙だけが四人しかいない医務室を満たす。
 

「……あの、すみません」
 

どれくらい経ったのか。少し遠くからか細い声が聞こえ、あきらが顔をそちらに向けた。

「伊地知。どうしたの」
「お話中すみません……夜蛾学長がお戻りで、それで、……高遠さんを呼んでくるようにと」
「そっか。わかった、ありがとう」

夏油には見えないところで交わされた会話の後、あきらはこちらをちらりと見ると、じゃあ行ってくるから、と残して部屋を出ていった。
扉が閉まる音。外を行く足音。それらが全部聞こえなくなったあたりで、家入がはあと息を吐く。

「あきら、学長にも何にも言わないのかな」
「……」
「処分どうなるだろ」
「…………さあな」

五条の声を最後に、医務室には重苦しい沈黙が落ちた。