「マジ迷惑なんだけど」
特級術師一人、二級術師一人がしばらく使えなくなった影響は甚大だ。特に被害を受けるのは勿論なかなか代わりが効かない、夏油と同じ特級の五条である。
朝帰ってきたのにこれからまた出張だとぼやく親友は、まだ医務室で療養中の夏油のところでお土産の菓子をたいらげて文句を言った。
「すまないね」
「ホントにな。なんであきらなんかに大人しくやられてんだよバカ」
毒も随分抜けて、とりあえず起き上がれるようになった夏油は困ったように笑った。あからさまに誤魔化された五条が不満そうに口を結ぶ。
「……それどころじゃなかったんだよ」
「あのガキんちょ達のことか?尚更意味わかんねぇ」
「だろうな」
「…………オマエ等さあ」
はー、と五条が呆れたように息を吐く。硝子と同じような反応だ。この件のせいで二人には随分と心配をかけているし呆れられているなと思う。何も話していないのだから、当たり前ではあった。
「悟」
静かに声をかけると、なんだよと五条が言った。
「あの村でね。一年前のことを思い出したよ」
「はぁ?」
「盤星教の信者達だよ。殺すかって、私に聞いただろ?」
「……ああ。あったな、そんなこと」
「やっぱり殺せばよかったと思うこと、あるかい?」
「……」
夏油の唐突な思い出話に、五条が眉を顰める。しばらく考え込んで、
「ねぇよ」
と言った。
「意味ねえっつったのはオマエだろ」
何か察したのかもしれない。妙に真剣な表情だった。
そうだね、と目を合わせないまま夏油は頷く。
しばらくそんな親友の様子をじっと見てから、五条は大きな溜息を吐いて立ち上がった。
「もう行くのか」
夏油が尋ねる。誰かさんたちのせいで忙しーんだよ、と皮肉を言うと、五条は大袈裟に足音を立てて出て行った。
「……」
一人になって、静かになった部屋の中で、外の景色を眺める。
穏やかだった。
夏の暑さもそろそろ落ち着きはじめる十月、もうじき術師達の繁忙期も終わるはずだ。
そうなれば、束の間ではあるが、平穏が訪れる。秋が来てまた姉妹校との交流会があり、仲間たちと焚き火でもなんでもして、雪を待ち年を越して春が巡る。あの日失うはずだった日常が、夏油の前には続いていた。
「すぐるお兄ちゃん」
「おきてる……?」
ふと入り口の辺りから声がして、振り向くと子どもが二人、不安げにこちらを見つめていた。にこっと笑いかけると、安心したように二人が駆けてくる。その顔にも体にも、もう怪我も手当ての跡もない。
「あのね、外でみつけたから」
今日の見舞いの品は花らしい。おずおずと差し出されたそれを見て夏油は微笑む。手を伸ばして頭を撫でると、二人は心底嬉しそうに、顔を見合わせて笑っていた。