Skip to content

あきらの毒が完全に抜けるまでには、結局一週間と少しかかった。
怪我の方は硝子が治してくれたから、体の方は万全に近い。五条一人に任務を押し付けるのも申し訳ないし、もう任務を回してもらって構わないと夜蛾に報告に行くと、

「しばらく休んでいろ」

とのお達しを貰い、夏油は目を丸くする。夜蛾は続けた。

「最近休みもなかっただろう。いい機会だから休ませてやってくれと提言があった」
「……誰がそんなことを?」
「……オマエの分まで働くそうだ」
「……」

はっきりとは言わなかったが、五条だろうということは見当がつく。特級術師たる夏油の分まで働ける人間など、同じ特級の五条しかいないからだ。
はは、と出た笑いが何から来るものなのかよくわからない。だがくすぐったいような照れくさいような、不思議な感覚だった。

 

**

 

許可を貰ってあきらの部屋の前に行くと、中に人の気配がなかった。ノックをしても返事がない。まだ当分謹慎だと聞いていたので首を傾げているところに、あきらの残穢を見つけた。
あきらの式神だろう。残穢は這うように廊下に続いている。
──ほとぼりが冷めたせいか、それとも監視なんて元から名目上だったのか。
喉の奥で笑ってから、夏油は残穢を追いかけた。

 

「あ、夏油」

残穢を辿り外に出て、しばらく追いかけた先に、少し開けた場所があった。草むらに向かってしゃがむあきらの傍らにはこの間夏油を噛んだ白蛇の式神がいて、夏油の方を見てはちろちろと舌を出している。
花を見ていたらしいあきらが振り向く。目が合った。

「……久しぶり、あきら」
「うん、久しぶり」

被害者と加害者とは思えないだろう気安さで、夏油とあきらは挨拶を交わした。夏油があきらを見たのは医務室で目覚めた時以来だ。
普通に立って歩いている夏油を見て、あきらの顔が少し緩む。

「もう大丈夫なんだ」
「ああ」
「よかった……」

胸に手を当てて、心底ほっとした様子であきらが言った。
夏油は苦笑する。そして、聞いてもいいかい、と尋ねた。

「どうぞ」
「どうして何も言わなかった?」
「……」

夏油はいきなり本題に入った。

「処分を受けるべきは私だろう。あきらじゃない」

あきらは確かに夏油を殺しかけたかもしれない。だが、あきらがああやって止めなければ──
多分夏油はあの村の全員を殺していただろう。
呪術も使えないくせに呪術師を虐げる猿ども。あの二人だけではない、あの仕打ちをよしとしていたあの村の人間の全てを、もしあきらが正面から対抗していたのなら、あきらでさえも──夏油は殺したに違いない。それだけの力は確かにこの手にあるからだ。だからおそらく、あの他に夏油を止める術はなかった。目の前の憎しみに気が取られ、高遠あきらの存在を完全に忘れ去っていたあのタイミングでしか。

「……夏油はなんにもしてないよ」

あきらが言う。何を、と言い掛けた夏油の声に被せるように言葉が続く。

「やばいって思った。あれしかないって思った。私の方が弱いのわかってたから、全力でやった。実際にあったのはそれだけじゃん。夏油は誰も殺してない、殺そうとしただけ。報告する必要がない」
「……詭弁だよ」
「そうだよ」

悪い?とあきらは首を傾げた。
今のあきらを否定することなど夏油にできるはずがない。眉を寄せて口を閉じる夏油を、あきらは静かな眼差しで見つめる。

「……なんか悩んでるんだろうなって思ってたけどさ、あんなに思い詰める前に五条にでも相談すればよかったのに。親友なんでしょ?」
「…………」
「え、なんで黙るの?そこ否定する?」

あいつめちゃくちゃ怒ってたけど、とあきらが困った顔をした。

「……嫌いなんだ」
「え、五条が?」
「そうじゃなくて」

非術師が、と言うと、あきらはホッとした様子で、そっちかと呟いた。

「呪術も扱えない猿のくせに、呪霊だけは際限なく生み出していく。仲間達がそんなものに殺されていくんだと思うと吐き気がする。それを飲み込むしかない自分にも、うんざりだ」
「……」
「軽蔑するかい?」
「しない」
「どうして」
「頭の中は自由だから。嫌いなままでも、実際に手を出さない限りはいいんだって。夏油は真面目すぎ」

ごちゃごちゃ考えてるからそういうことになるんだよとあきらは呆れたような目をした。

「馬鹿だなあ」
「……あきらほどじゃないよ」
「そういうこと言う?」

顔を見合わせる。一拍置いて、二人同時に噴き出した。
はは、と明るい声で笑い合って初めて、夏油は晴天の空に気付く。秋晴れの空は高く、雲はない。非術師への嫌悪感がなくなったわけではない、だが、心は晴れている。
一年前に戻った気がした。まだ二人で最強だと信じて疑わなかったあの頃にだ。

「……本当にいいのかい」

笑いが収まった後、処分を受けたままで、と尋ねると、あきらはいいよとあっさりと言った。昇級はまた頑張ればいいし、と続く。

「私にできることがあれば何でも言ってくれ」
「んん?ああ、じゃあ」

あきらは少し考えると、ぽん、と手を打った。

「五条どうにかなんないかな」
「悟?」
「言ったでしょ。あいつ、本当にずっと怒ってんだって……」
「そうだな……」

眉を顰めてわざとらしく肩を震わせたあきらを見て、夏油は少し考えた。しばらくしてから、

「ひとつ、提案があるよ」

にっこりと、すっかり調子を取り戻したらしいうさんくさい笑みを浮かべて、夏油は言った。