Skip to content

不眠先輩とさしす

※学生時代
※ゲーム知識が曖昧です

 

眠たい、と思う気持ちはあるのに眠れない。
どうやら不眠症というやつらしい。

呪術高専の生徒として毎日を過ごす中で心の負担になるようなことは山ほどあって、積もったそれが限界を迎えたようだった。
暗い中で目を閉じるとやけに心臓の音が大きくなり、結局横になってもいられなくて、体を起こして朝までぼーっとする。壁に寄りかかっていれば細切れにだが眠れている気がするのでそれでしばらく凌いでいたが、目の下の隈はいつしか隠しきれないほど濃くなり、先日とうとう一つ下の後輩たちにもバレた。

バレたのだが。

「……なんて?」

言われたことが信じられず、ひきつった顔で思わず聞き返すと、部屋の扉の前に立った後輩、家入硝子はもう一度先ほどの言葉を繰り返した。

「あきらちゃんのとこのテレビ貸して」

いつも通りの涼しい顔である。こちらの戸惑いはものともしない。

「いや……あの、寝たいんすけど」

思わず丁寧語にもなる。

「寝ててもいいよ」
「…………」

後ろをちらっと振り返り、部屋の掛け時計を見た。「もうすぐ日付変わるんですけど」いくら放任主義の学生寮だと言っても、他人の部屋に遊びに来るのに常識的な時間はとうの昔に過ぎている。
じっと後輩を見つめるが、彼女は引く気配もなく、「うん」とただ頷いた。
うんじゃない。
うんではないが、多分これはもう何を言っても無駄なので、あきらは仕方なく、硝子を部屋に迎え入れた。

「……なんにもないよ、お菓子とか」
「夏油たちが持ってくるから大丈夫」
「は?あいつらも来るの?」
「うん。だってゲームするし」
「……」

ただでさえろくに眠れていないので思考力が落ちている。反論は諦め、とりあえずテレビの前に陣取った硝子を放って自分はベッドの上に戻った。

五分もしないうちに硝子の宣言通りうるさい後輩二人ががやがやとやってきて、なにも置いていなかったローテーブルの上はお菓子とジュースでいっぱいになり、テレビには何年か前の先輩が寄付したらしい古いゲーム機が繋がれる。

「何年やる?」
「99年」
「それは別の機会にね。一旦5年にしよう」
「えー」

「あきらさんもやりますか?」と夏油に聞かれたが「いい」と断り、布団を被ってごろりと寝転がる。じとっとした目で見つめるあきらのことはおかまいなしに、着々と準備は進み、ゲームがスタートした。

そのままあきらは何をするわけでもなく、後輩三人の背中と、明るく光るテレビの画面をただ見ていた。

損をしたのかぎゃーぎゃーと喚きながら夏油を蹴る五条や反撃する夏油、なんとかカードをちらつかせて五条と夏油を手の上で転がす硝子。
どいつもこいつもものすごくうるさい。人もいないど田舎にある高専の夜には、全く相応しくはない。

それなのに。

「……」

段々うとうとしだしたあきらに気づいて、夏油が部屋の明かりを消した。ばかでかい声で騒いでいた五条も少し音量を落として、気持ち静かにゲームを続ける。その間にもあきらの瞼はどんどん重くなり、そのうち開けていられなくなった。

「……寝た?」
「みたいだね」
「よかったよかった」

後輩たちのそんな会話がやけに遠くに聞こえる。なにか返事をする力もなく、あきらは久しぶりに、穏やかな眠りに落ちていた。