※過去編軸
防御に必死になって疎かになっていた足元を狙われた。簡単に転がされ、随分手加減されたチョップを額に受ける。
「いたっ」
「はい死んだー」
わざわざあきらに目線を合わせてしゃがみ、からかうようにそう言うと、五条はこちらの反応も待たずにすぐ立ち上がった。
練習場の端からこっちを見物しているあきらの同期に向かって、大きく声を張り上げる。
「次、灰原!さっさと来い!」
「はい!」
元気の有り余っている灰原の返事を聞きつつ、あきらはじいっと恨めしげに五条を見上げる。しっしっ、と猫を追い払うような動作をされたのでますます不満げにゆっくりと立った。走ってこっちに向かってきた灰原にバトンタッチし、木陰の方まで歩く。
そこには我関せずと優雅に座って本を読んでいる家入硝子がおり、あきらはぶすくれた顔のまま、その横に座った。
灰原と五条、そしてその向こうであきらより粘っている七海と、楽しそうに応戦している夏油の四人を眺める。
「疲れた?」
「疲れました」
ぶすっとした顔で答えると、硝子は笑って「そこのやつ飲んでもいいよ」とペットボトルを指差した。
ありがたく一本いただき、喉を潤しておく。
ぷはぁ、と生き返ったような気持ちで息を吐いた。
「はー……染みる……」
呪術師たちの繁忙期が過ぎようとしている。
ここ最近暇になった先輩たちは一学年下の生徒を鍛えるのがお気に入りらしく、同じく暇で、当てられる任務も大したものがないあきらたちは逃げ場がない。
教室にオラオラとやってきては首根っこを引っ掴むようにしてこうして連れ出される。そして組み手組み手だ。
もちろんまだ経験の足りないあきらたちに、術師としてはるか雲の上にいる先輩たちが直々に稽古をつけてくれるのはありがたいことではあるのだが、何事にも限度が欲しい。
ついていけているのは今のところ元から体力のある灰原と、負けず嫌いの七海がなんとか、といったところで、あきらは全然なのだった。
悔しい。
「嫌なら逃げたら?」
「逃げ切れるわけないし……」
そもそも大人しく逃げさせてくれるような人たちならこんなことにはなっていないと思う。体育座りの膝に腕と顎を乗せて、あきらはため息を吐いた。
「時間割いてくれるのありがたいですけど、毎日はしんどいですよ。いくら頑張ったとしても先輩たちみたいにはなれないし。なのになんでこんな張り切って……」
ぶつくさと言うあきらをちらっと横目で見たかと思うと、硝子はんーとなにか言いたげな声を出した。
「なんですか?」
「あいつらと話したわけじゃないからわかんないけどさ」
前置きしつつ、気だるげに瞬きをして、硝子が遠くの男四人を見る。
「知らないところで死なないように、ってことなんじゃないの?」
「……」
虚を突かれて固まったあきらに気づき、硝子はアハハ!と声をあげて笑った。