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五条とこっくりさんをする

※過去編軸

 

「こっくりさんこっくりさん、いらっしゃいましたらはいの方へお進みください」

照明を落とした薄暗い部屋の中、あきらがどこからか持ってきた蝋燭の火がちらちらと揺れている。室内に響く静かな声を、五条は馬鹿馬鹿しいと呆れながら聞いていた。

「十回言って来なかったら終わりだからな」

五条が声をかけると、あきらは「わかってるよ」と少し怒ったように応えてから、また静かな声で先ほどの台詞を繰り返した。

 

**

 

こっくりさんがしたい、とあきらが言い出したのは今日の昼休みのことだった。
好奇心に目を輝かせているあきらの右手には、共有の本棚に置かれっぱなしだった古い漫画があり、それを見た同級生三人は顔を見合わせた。

「また変なの読んで」
「変なのじゃない。面白いよ」
「そりゃあ面白いんだろうけど。実際にやるのはねぇ」
「漫画みたいに行くわけねえだろ」

やれやれ、と言った空気が漂うのに耐えきれなくなったのか、気の短いあきらが「ちょっとくらい付き合ってくれてもいいじゃん!」と癇癪を起こした。

「出てきたとしても呪霊だろうし、高専結界の中じゃそもそも無理だよ」

夏油が冷静に言う。世間一般で言われている幽霊の正体は呪霊だというのが、呪術師の中での定説だ。だから夏油の言うことは正しい。百歩譲って狐っぽい見た目の呪霊が入り込めたとして、このメンツの前ではささっと祓って終わりである。
あきらはぐう、と押し黙ると、縋るような視線を自分の親友に向けた。

「硝子……」
「パース」

そして軽く断られる。
目もくれず、退屈そうに自分の爪を見ている硝子の様子に、これはダメだと思ったのだろう。最後に五条に視線を向けた。

「無理。絶対やらねー」

先手を打った五条だったが、あきらは諦めなかった。恨みがましく五条を睨んで、「この間……」と地の底を這うような低い声を出す。

「なんだよ」
「五条、この間、七海たちが買ってきたお土産、私の分も食べたよね」
「…………そうだっけ」
「あれ、私が買ってきてって頼んだやつだったのに」
「……だから何だっつーんだよ」
「チャラにしてあげるから、付き合って。こっくりさんって一人でやっちゃダメなんだって」
「…………」

眉根を寄せた五条は夏油と硝子を見た。がそれぞれこちらを見てもいない。あきらだけが視線を逸らさず、五条を睨みつけていた。

──そして現在に至る。

鳥居にはいといいえ、五十音に数字を書いた紙の上、二人で十円玉に指を乗せてあきらは何度も同じ言葉を唱えている。馬鹿らしいと思わないのかコイツと呆れた目を向けては見るが、あきらは無視して真剣な顔をしていた。
三回目、四回目、五回目……何度あきらが唱えてもぴくりとも動かなかった十円玉が突然動き出したのは、ちょうど五条が宣言した十回目の時だった。

「動いた!動いたよ!」
「……オマエさあ」

はいと書かれたところで止まった十円玉にはしゃぐあきらを見て、五条が心底呆れたという声を出した。

「十回目だからって自分で動かしてんじゃねぇよ。潔く諦めろ」

だがあきらは憤慨して、動かしてない!と言った。五条をきっと睨むと、十円玉に向けて、「こっくりさんこっくりさん、明日の天気はどうですか」とくだらないことを聞く。
どうせ聞くならもっと面白いことにすればいいのにと五条は思った。大方こっくりさんをするということが目的になっていて、何を質問するかについては考えていなかったに違いない。

「『は』『れ』……晴れだって!」
「ああそう。さっき天気予報でそんなこと言ってたな」
「……」

茶番に付き合わされたと白けている五条をまた一睨みして、あきらは「こっくりさんこっくりさん、鳥居の方にお戻りください」と告げた。十円玉はするすると言われた通りのところに落ち着く。

「もう満足したわけ?」

五条が言うと、あきらは少し考えて、五条にちらりと目を向けてから口を開いた。

「こっくりさんこっくりさん、五条の好きな人を教えてください」
「……はあ!?」

予想外の質問に五条が声を上げた。十円玉は一拍置いて、するすると動き始める──のを、五条は咄嗟に指に力を入れて止めた。

「ちょっと!力入れないでよ!」

当然あきらが怒鳴る。

「入れてねえよ!どんな質問してんだバカ!」
「信じてないんだったら別にいいじゃん!」

言い合いをする間にも指の力は抜かない。こんなもの信じていない、もちろん信じていないが、万が一という言葉が頭をちらつく。あきらの猛抗議に適当なことを言い返しながら、五条は十円玉を強く押さえ続けた。