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高専教師と甚爾

高専の教師は忙しい。
生意気盛りの子供たちの手綱をうまく握って面倒を見なければならないし、その上で呪術師としての仕事はお構いなしにやってくるし。
補助監督が最大限サポートしてくれているとはいえ、体がもう一つあれば、もしくは一日の時間が倍になればなんて思ってしまうくらいには激務である。

そんな激務に追われているあきらが高専の休憩室で一息ついていたところ、不意に携帯が鳴った。
なんだなんだ、と思って二つ折りのそれを開くと、ディスプレイにはなんとも珍しい名前が表示されている。

「はーい、高遠です」
『……よぉ』
「お久しぶりですね、どういう風の吹き回しですか」

電話の向こうからは気怠そうな男の声が聞こえた。
──禪院甚爾。
御三家の一つ、禪院の血を引く男。術師殺しと名を馳せる、ちょっとした有名人である。
付き合いがあることを高専に知られるとあまりよくはないのだが、まあ直接周りに危害を与えられたことはないしと思って昔の恩を優先している。正面からぶつかりあって勝てる相手ではない、というのも大きい。

「お金なら貸しませんよ。ていうか貸してる分返してくださいよ」
『んなもんあったっけ?』
「またまた。覚えてるくせに」
『まあいい、そういう用事じゃねえんだよ』
「へえ?」

あきらが先を促すと、禪院甚爾は少し逡巡したような沈黙の後、

『なんか仕事ないか』

と尋ねてきた。

「えぇ?」

聞く相手間違ってないか?と思って間抜けな声が出た。
あきらは腐っても呪術高専という体制側に所属する人間だし、対してこの男は反体制側のはずだ。
あきらに紹介できるとしたら高専の教師か、呪霊退治かそれくらいである。甚爾が今までしてきたような仕事とは収入も比べ物にならない。

「……なんかあったんですか?」

つい事情を尋ねると、甚爾は意外にあっさり話してくれた。
曰く、奥さんにそろそろ定職につけと言われたと。(ていうか結婚してたのか。いつの間に?)
子供もこれからどんどんお金かかるんだから!と言われたらしい。(しかも子供まで。いつの間に?)
じゃあちょっと久しぶりに仕事するかと思ったら、悪いことはしちゃダメと念を押されたのだという。
それで、一応悪いことはしていないだろうあきらに、仕事を紹介してもらえないかと電話をかけてきた。

「……あはは!」

あの禪院甚爾が!
女なんて屁くらいにしか思っていなかった男が、よくこんなに変わったものだ。
涙が出るほど笑っている間も甚爾は電話を切らなかったらしい。忍耐までできるようになったとは恐れ入る。

「ひー、笑った笑った。いいですよ、紹介します」

問題はいくつかあるが、あきらの立場を利用すればなんとか通るだろう。目尻に浮かんだ涙を拭いながらなんの仕事を紹介しようかと考えて、疲れ切った大先輩の顔を思い出した。

『なるべく楽なのにしてくれよ』
「ちょうどぴったりなのがありますよ。うちの生徒と遊んでやってください。今年の一年、活きが良すぎて参ってたんですよねぇ」

まずは非常勤ということで、とからかうように言ってみる。愛した女の尻に敷かれているらしい男が、電話の向こうでチッと舌打ちをした。