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上京前日/悟と世話係

※過去編軸

 

「いいですか、自分のことは自分でするんですよ」

呪術高専に通うのが決まった後から、あきらはことあるごとに口を酸っぱくして悟に言い聞かせた。「人のことを馬鹿にしてはいけません」「人のものを勝手に取ったり食べたりしてはいけません」「自分の意見や主義を押しつけてはいけません」、散々注意した中のどれがどの程度、今まで甘やかされに甘やかされて育ったこの坊ちゃんの中に残ったかはわからないが、それでもやらないよりはマシに違いない。
ぶつくさと不満を言う本人と、家の跡取りに何をさせるかと非難がましい視線を向けてくる年寄りどもを無視して、炊事洗濯の基本を叩き込む。高専に行ったら何でも自分でしなければいけないのだ。何もできないと音を上げて帰ってこられた場合に迷惑を被るのはあきらなので、こちらも必死である。
 

「もっとさぁ、他に言うことないわけ?」
 

ふてくされたような態度で、それでもあきらの指示通り大人しくピーラーで野菜の皮を剥きながら、悟は言った。出発が前日に迫った昼のことだった。

「他にですか?……ああ、歯磨きは毎日しっかりしてくださいね。悟様、歯医者嫌いなんですから」
「…………そういうのじゃなくて!」
「じゃあなんだって言うんですか」
「わかるだろ!」
「悟様」
「……何」
「それはもう皮じゃないです。身です。真面目にやってください」
「……」

少し小さくなりすぎたじゃがいもを持ったまま、悟は恨めしげにあきらを睨みつけた。いつの間にか自分より大きくなっていた手からひょいとそれを取り上げる。
そしてざくざくと適当に包丁を入れながら、

「体には気をつけてくださいね」

と言った。

今はもうそんなことはないけれど、小さなころはよく熱を出していたのを覚えている。見えすぎる目が脳に負担をかけていたというのもあったらしい。その頃はあきらもまだまだ子供だったから、特に何もしてはあげられなかったが、そばにいてと泣かれて隣に布団を敷いたことが何度かあった。

「お友達ができたら教えてください。写真をくれると嬉しいです」

世話をしているあきらの立場から見ると、傍若無人で腹が立つクソガキではあるが、いいところもないことはない。高専の学生は少ないとは聞くけれど、もし運が良ければ、呪霊だの術式だのの隠し事をしなくてもいい、家も血筋も関係なく笑いあえる、一生の友人に出会えるだろう。

「先生の仰ることはよく聞いて……」

身内贔屓でやることなすことほめたたえて許してしまうような大人ではない、しっかりした指導者に出会ってほしい。悪いことをしたら正面から叱ってくれるようなそんな人に。

「それから?」
「まだ他にですか?」
「怪我すんなとか、死ぬなとか」

いつの間にかむくれるのをやめた悟が、次の野菜を手に取りながら言う。あきらは顔を上げて、その整った横顔を見た。「そんな心配はしませんよ」と笑う。

確かに大体の術師にとって、呪術高専はある意味死地だ。
けれどあきらはきっと他の誰よりも、この少年の強さを知っている。信じている。
だからその言葉は必要なかった。

「あっそ」
「あ、それ終わったら鍋にお水入れて火にかけてくださいね」
「へーへー」

しないよりはマシな返事をし、言われた通り鍋を探して棚に向かう背中を見て、あきらは少し迷った後、結局口を開いた。

「……一つ忘れてました」
「んん?」
「明日から、寂しくなります。とても」
「…………」

ぴたり、と悟の動きが一瞬止まる。「ふーん」と素っ気ない返事があったと思ったら、程なくして鼻歌が聞こえてきたので、あきらはちょっと笑ってしまった。