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手遅れじゃなかった/夏油

※過去編軸

 

隣のクラスの誰々くんに、しがみつくようにしてくっついているモノを見た。

人間二三人と何か大きな獣を粘土に変えて中途半端に混ぜてみたような造形のそれは幽霊と言うには存在感があり、妖怪と言うにはひとつの生き物としての統一性がない。そしてそれは、おそらくあきら以外の誰にも見えていないのだ。くっつかれている本人も、肩を組んで歩いているその友達も、耳元で異形がケタケタ笑い声を上げていることに気づきもしないで、楽しそうに笑いあっている。

(……かわいそうに)

とあきらは思う──あれはもう、手遅れだ。
あきらの経験上、ああいうのをつけてしまったら最後、あとは行方知れずになるか死んでしまうかのどちらかだった。
もっと小さいものであれば、見えているあきらがシッシッと手で追い払うだけでも逃げていってくれたりするので、不審者あるいは不思議ちゃんと噂されること覚悟でやってみてもよかったが、あそこまでの大きさになると最早手の打ちようがない。
触らぬ神に祟りなし、と昔の人も言っている。
明日か、明後日か、それとも一週間後かはわからないが、どうせ結末は変わらない。あきらにできるのは、せめて彼が苦しまないようにと祈る、それくらいだった。
 

……と、思っていたのに、誰々くんは数日が経った今日も元気に生きていたのだった。

というか放課後になった今、そろそろ帰るかーと思いながら歩いていた廊下ですれ違った誰々くんはもう背中になんにもつけていなかった。部活着を着た彼は軽快に廊下を走り、たまたまそれを見た先生に咎められてすんませーんと明るく謝っている。
まるっきり普通だ。
健康体そのもので、憂いなんて一つもなさそうだった。

「……なんで?」

あきらは首を傾げた。
いや、よかった。助かったのならよかったのだが。
でもあそこまでべったりで、急に諦めることなんてあるんだろうか?
ターゲットを変えるために離れたとか?もし違う獲物を探しているなら、しばらく学校は危険なんじゃないか?
ぐるぐると考えを巡らせながら下駄箱に到着し、靴を履き替えていると、

「どーだった?使えそう?」

ふと会話が耳に入った。落ち着いたトーンの、女の子の声である。
それに答える男の声がする。

「うーん……一応取り込んではみたけど。微妙だねぇ」
「へえ」
「ああいう形が整ってないのって大抵大したことないんだよ。生まれてからそんなに経ってもないだろうしね」

何のことを話しているのかはさっぱりわからないのに、その会話は妙にあきらの耳に残った。
顔を上げて声の方に目を遣ると、他校の制服を着た男女が見える。ベンチに座っている女の子の方は普通だが、男の方は一昔前のヤンキーが着るような制服を着ていた。髪型も変だし、耳には大きなピアスをつけている。
二人とも変わった雰囲気を纏っていたせいか、あきらは無意識のうちにじっと見つめてしまっていたらしい。

「ん?」

男の方が視線に気づき、少し目を大きくした後、愛想良くにっこりと笑いかけてきた。
あきらははっと我に返ると、反射的に礼をした。「どしたの?」「いや、別に」背後に二人のやりとりを聞きながら、早足で歩く。
疑問は一つだって解消していない。なのにもう大丈夫なのかも、という安心が湧いてきていることが、我ながら不思議で仕方なかった。