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狗巻棘の災難

「あーもう無理無理、終わり、眠い!」
 

あきらはいきなりそう言って、手に持っていたコントローラーをその辺に放り投げた。目の前のテレビには負けた試合のリザルト画面が映っており、どうせこれに拗ねたのだと狗巻は思う。

部屋の時計に目を遣ると、時刻はもうすぐ日が変わるというところだ。
終わるにはちょうどいい時間だったので、狗巻はそのままテレビを消して、コントローラーを片付ける。それから何故か自分の部屋に戻ろうとするのではなく、狗巻のベッドの布団の中に潜り込んで寝転がっているあきらを睨み、「高菜」と言った。

「んん?」

あきらがわざとらしく首を傾げる。
すっかり人の、しかも男のベッドで寝るつもりのあきらを揺すりながら、自分の部屋に帰れというつもりでドアの方を指さした。あきらはちらっと狗巻を見ると、無視して布団を被る。

「いーじゃん別に。戻るのめんどくさいんだもん」
「おかか」
「おかかっていいよって意味だったよね?ありがとー」
「おかか!」

さっきより強く揺すってみるが全く堪えた様子がない。

同じ寮に住んでいて、せいぜい階が違うくらいの距離のなにがそんなに面倒なのか理解に苦しむ。同級生とはいえ男の部屋にいるというのに、警戒している気配がゼロなのもまた腹が立つ。
呪言がもう少し長期間に渡って効力のあるものなら、自分の部屋に帰れと命令ができたのかもしれないが、傷つけるつもりのない相手に狗巻ができるのはせいぜい眠れとか止まれの、この場合では逆効果でしかない命令くらいだった。
言葉に制限をかけているから説教もできないし、ろくに文句も言えない。
つくづく不便だ。

結局なす術もなくしばらく経ち、あきらが図太く寝息を立て始めたのを聞いて、狗巻はとうとうこの非常識な同級生を部屋に帰すことを諦めた。

部屋の電気を消す。
同じベッドに入るわけにも行かないから、薄い掛け布団を一枚出してきて、それにくるまった。ベッドを背にし、座りながら寝ることにして、目を閉じる。

 

翌朝狗巻が目を覚ますと、体は案の定変に強ばっていて、疲れも全然取れていなかった。
恨みがましく、布団を蹴り飛ばして気持ちよさそうに眠り続けるあきらを見ていると、コンコン、とドアを叩く音がした。
そういえばさっきもしていた気がする。
どうやら目が覚めたのはこの音のせいらしい。
ため息をついて立ち上がり、扉の方まで行って鍵を開けると、そこには去年の担任が立っていた。

「やっほー棘、おはよう。昨日言い忘れたんだけど、今日、棘に仕事の指名が入っててさー」
「……しゃけ」
「早速出発してほしくて、迎えに来たんだけど……」

そこで、それまでごく普通の表情をしていた五条が途端ににやにやと笑い出した。嫌な予感がして一歩下がる。
五条はンフフと気味の悪い笑い方をしてから、棘の向こう──部屋の中に視線を向けると、

「僕、ひょっとして邪魔しちゃった?不純異性交遊?」

と嬉しそうに言った。
何を見て、何を誤解しているのか丸わかりである。

「おかか」

棘ははっきりと否定したが、それでもなお五条は笑いを引っ込めずに言い募る。

「まだ付き合ってないの?一緒の任務増やしてあげた方がいい?」
「おかか!!」

面倒臭い人間に知られてしまった。五条はにやにや笑いながら、「おかかっていいよって意味だよね?」と昨夜のあきらのようなことを言った。