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一方その頃別世界※/五条

※236話の内容を含みます
※なにもなかった世界の話です

 

──一閃。
世界が二つに分かたれる。男は驚いたように瞳を大きくして自分の体に視線を下ろした。支えをなくした上半身が、後ろにぐらりと傾く。その間にも薄い唇からは血が溢れ、そして。

光を失くした青の眼が、白い雪の降る、冬の空を見上げた。
 

**
 

嫌な夢を見た。

小さな悲鳴と共に飛び起きたあきらは、ズキズキと痛む頭に手を当てて枕元の時計を見る。丑三つ時と言われる時間だ。
全力疾走をした後のように心臓がうるさい。全身にびっしょりといやな汗をかいていて、けれど何がそんなに怖かったのかと考えても、夢の内容は一向に思い出せない。
でも今、自分が無性に何かを不安がっているということだけはわかった。
一人では堪えられないくらいに。

「……」

あきらは枕元に置いてあった携帯を手に取ると、明るく光る画面に目を細めながら、連絡先を呼び出した。
そのまま電話をかける。
しばらく続いた呼び出し音に、まだ落ち着かない心臓の音が重なってうるさかった。

『……はい』

そうして待つうちに、耳に当てた携帯から、電話の相手──五条悟の声が聞こえてきて、あきらは一瞬息を詰める。この時間にかけたから当たり前ではあるのだが、いかにも寝起きの、不機嫌そうな声だった。

『オマエさあ、今何時だと思ってんの?』
「五条」
『はあ、何?』

当然の不満はとりあえず無視して、あきらは強ばった声で尋ねる。

「……生きてるよね?」
『はぁ?』

呆れたような反応だった。『どうちたの、怖い夢でも見まちたかー?』と心底バカにしたような返事があった。
あきらはまだ痛む頭を押さえながら、それでも若干ほっとしていた。いつもなら腹を立てて携帯を投げているようなふざけた台詞を聞いているのにだ。全く覚えていない夢の内容も、ここまで来るとなんとなく予想がついて、はあ、とひとつ溜息を漏らした。

『……何?マジで怖い夢見たわけ?』

返事がないことを訝しんだ五条が、いくらかおふざけを引っ込めて改めて尋ねる。
無言は肯定だ。

『僕が死ぬ夢?』
「……多分あんただけじゃない」
『へー、じゃあこの後そいつらにもかけるんだ。迷惑だねぇ、こんな夜中に』
「……かけないし!」
『ふーん』

そもそも誰が死んだかなんて明確なことは何も覚えていない。ただ真っ先に頭に浮かんだのが、確かめないといけないと思ったのが五条だっただけなのだ。
安心したら急に自分の行動が恥ずかしくなってきて、あきらはとにかく電話を切ろうと考える。一応真夜中の電話について謝っておこうと口を開いたその時、五条の声が携帯から聞こえた。

『そっち行ってあげようか?』
「…………」

咄嗟に言葉が出なかった。ということは、そうしてほしいと思ってしまったということだろう。
無言は肯定。それをわかっている五条が電話の向こうで、珍しく素直だねと愉快そうに笑う。
 

『──待ってて、すぐ行く』
 

不安はいつの間にか晴れている。
五条が部屋に来る前に、とりあえずこの不快な汗を流しておこうと思った。

 

ひとこと
全部夢オチであってくれ