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空港にて※

※236話前提

 

「そういやあきらは?」

五条が尋ねると、目尻に少し涙の浮いた夏油がふっと笑って、向こうだよと遠くの売店を指さした。外見通りの頃の自分だったら夏油がキレるまでからかっていたに違いない。でも今はそこまで子供でもないわけで、五条は親友の涙には気づかないふりをして、「なんでこっち来ねぇんだよ」と不満そうに言う。

「『怖くて見てられない』って言ってましたよ」
「……見る?そんな感じなわけ?」
「さあ?知らない」
「そのへん曖昧ですよねえ」
「ふーん……。ったく、僕の一世一代のバトル見てないとか。しゃあねえ、話してきてやるか」

どっこいせと妙な掛け声と共に立ち上がる。
ひらひらと手を振る夏油、楽しげに話す七海と灰原──何を待っているのかはおそらく誰にもわからないこの待合室で、すべての荷を下ろして穏やかに過ごす人たちを、五条はなんとなく眺める。

夏油の指した方に向かって歩いた。

もうすぐ着くというとき、売店から飛び出してきた知らない子供が二人、楽しそうに駆けていくのとすれ違った。
耳に響く高い声が、夏油様!と知った名を呼ぶのを背中越しに聞き、目を細めて笑う。
 

その次に売店から出てきたのは、五条と同じく呪術高専の制服を着た、一人の女子生徒だった。
彼女は昔よく飲んでいた記憶のある、カフェオレの缶を持っていた。そういえばこんなところに店員はいるのかなんて、どうでもいいことを考えながら、五条は足を止める。

ずっと覚えていたような、長い間忘れていたような、青い春に刻まれた、もう一人の同級生。

少し離れて立つ五条には気づかず、彼女は手に持った缶を開け、口元に持っていく──その拍子に上がった視線と、ばっちりと目が合った。

「げ」

随分久しぶりの同級生は、喜ぶどころかそう言って、嫌そうな顔をする。

「げって何?」
「もう来たの?」
「なんだよ、喜べよ」
「喜べないよ」

あきらは呆れた顔で溜息を吐く。だって負けたってことでしょうと白い目を向けてきた。
それから五条のことを上から下までじろじろと見て、眉間にぎゅっと皺を寄せる。

「あとなんで制服着てんの?コスプレ?痛くない?」
「いいだろ別に、オマエと灰原は別として、傑も七海も昔のままじゃん」
「はぁ?夏油と七海はさっきまで普通だったし。あんたに引っ張られたんじゃない?」
「……そんなのあんの?」
「知らないけど。まったくもう」

どんだけ昔に拘ってんだか、とまた溜息を吐いたあきらに、無意識の何かを突きつけられたようで、五条は言葉を無くしてしまった。そんな様子には気づかないで、あきらは昔よくしていたように、五条の顔を見上げる。

「大人になったんでしょ?」
「…………」
「いいじゃん、見せてよ。……それでさ、硝子とか生徒の話、聞きたいな」

にっと笑ったその顔も、焦げ茶の瞳も記憶のままで、五条はまた、これが死に際の夢などではないことを祈りたくなる。

「……そーだな」

どういう仕組みなのかはさっぱりわからない。
けれどそう答えた瞬間、五条は懐かしい制服ではなく、教師として生徒達の前に立つときの黒い服を着ていた。目隠しはない。背もいくらか伸びたのか、あきらが先ほどよりももっと、小さく見えた。

「ふーん……」

変わらない制服姿のあきらは、改めて大人の姿の五条を上から下まで興味深そうに見た。
そしてどんな顔をすればいいかもわからず沈黙してしまった五条の周りを、ぐるりと一周回る。うんうん納得したように頷くと、元の位置に戻って目を合わせた。

「……大して変わんないじゃん!」

からかうようにそう言って、昔死んだ同級生は、悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 

ひとこと
236話がどうしても受け入れられないので少しでも納得できる形に近づけようという試み
・みみななもいてくれ
・大人の姿でいいじゃんか!
・生徒の話をしてくれ
などなど