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フライング※

※236話前提

 

気がついたら知らない場所に立っていた。

窓の向こうに飛行機が見えるのでどこかの空港だということはわかるが、今まで利用してきたどことも微妙に違うような気がする。しかも何故ここにいるのかわからない、行動の前後をまるっきり覚えていない。

おまけにあきらは十年近く前に卒業した高専の制服を着ていて、その上目の前には。

「や」

同じく高専の制服を着た、つい先日死んだ男が立っていた。

白い髪は血に汚れておらず、青の瞳には光がある。そして最後に見た姿からは遠い、馴染みのある飄々とした態度。

片手を上げて笑うその向こうには、椅子に座る他の同期や、後輩達の姿が見える。夏油、七海に灰原、夜蛾──思い出すまでもない。全部死んだ人間だ。

あきらはやっと状況を理解すると、額を押さえて大きな溜息を吐いた。

「最悪……」
「あー、確かに気分悪いなコレ」

五条がよくわからないことを言って愉快そうに笑う。

「意外と早かったじゃん」
「うるさい。ホント最悪」

眉間に皺を寄せ、険しい顔をしたあきらに、真面目ちゃんだなあと五条がおどける。あきらからすれば、今も戦っている仲間達を残してきておいて、ここまで気楽に振る舞える神経が分からなかった。
それでもこうなったものは仕方ない、もうどうしようもないのだと諦めて、無理矢理に気持ちを切り替える。

五条が、不意に「んん?」と首を傾げた。

「……何?」
「いや……そういえばさ、あきら」
「だから何?」
「僕が死んだ時、ちゃんと泣いた?」
「はぁ?」

唐突にもほどがある五条の質問に、いきなり何を言い出すのかとあきらは怪訝そうな顔をした。

「いいから」

五条が答えを促してくる。いつもながら構ってちゃん度合いが高くて面倒だなと思いながら、そっぽを向いてあきらは答えた。

「……それどころじゃなかったよ」
「へえ」

こちらにひらひらと手を振ってくる夏油に呆れた顔を返し、先を続ける。

「ていうか今もそれどころじゃない。みんなそれぞれ戦ってる」
「うん」
「だから、こんなところで同窓会なんか、してる場合じゃなかったのに……」

悔しそうに唇を噛みしめるあきらを見下ろして、五条が「そっか」と頷いた。へえだのうんだの適当な返事ばかりしてくる五条にカチンと来て、あきらは五条を睨んだ。

「何なのさっきから。自分で聞いといて」
「んー、いやさぁ」

五条が笑う。
生徒達に時折向けていたような穏やかな微笑み。
面食らって動きを止めたあきらは無視して、五条は何故か顔を近づけて来た。びっくりしたあきらが一歩後退る。

「じゃあもうちょっと、」

五条の手が伸びる。揃えられた人差し指と中指が、トン、とあきらの額を軽く突く。
 

「──頑張ってくれば?」
 

最後に見たのは、綺麗な顔をくしゃくしゃにした、五条の満面の笑みだった。
 

**
 

「──動くな、あきら」

あきらが目を覚ました。
覚醒とともに無理矢理起きあがろうとした肩を家入は咄嗟に押さえて止める。
失わずに済んだ友人に内心ホッとしながら、「しばらく休め」と声をかけると、あきらは今起きたにしては随分はっきりした発音で「大丈夫。行ける」と無茶なことを言いだした。

「行けるって……」

どんな怪我してるか自覚がないのか、と眉を顰める。そんな家入の戸惑いを無視して、あきらは肩に置かれた手をそっと外すと、そのままあっさりと体を起こす。

「──治した」
「……驚いた。使えるようになったのか、反転術式」
「そうみたい」

呪力の核心。
いつかの誰かのように、死に際にそれを見たらしい友人が、「ここどこ?状況は?」と現状の説明を急かす。
少し違和感があった。
あきらはもともと責任感が強いタイプだが、それにしても何かおかしい。こういう状況の術師は興奮状態に陥りやすいと聞いたことはあるが、それともまた違う気がする。
伊地知どこ?と説明役を探し始めたあきらの両肩を掴む。

「ちょっと落ち着きなって。何かあった?」
「………………ごめん」
「謝られるほどじゃないけど」

言われて少し頭が冷えたのか、あきらは自分を落ち着かせるように、目を瞑り、大きく長く息を吐く。それから真っ直ぐに家入を見て、

「五条に会った」

と言った。

「……そう」

答えようがなく、とりあえず受け止める。走馬燈でも見たのかと考えながら、一応乗っておくことにして、「なんか言ってた?」と冗談っぽく尋ねた。

「『もうちょっと頑張ってくれば』、だって」
「……何それ」
「ね。自分は死んどいてさぁ」
「……」
「……」

少しの間、沈黙が流れた。
二人はなんとなしにお互いの顔を見て、目を合わせると、同時にふっと吹き出す。
はは、と声を上げて笑ったのは、こんな状況になって以来初めてのことだった。

しばらく二人で笑った後、あきらは眠っていたベッドから起きあがり、無用になった血だらけの包帯を解きながら床に足をつける。

伊地知のいる部屋を聞き、歩きだそうとするその背中に、家入はひとこと、

「死ぬなよ」

と言った。

「頑張る」

同じく短く返して、あきらは部屋を出る。そういえばいつかもこんなやりとりをしたな、と、家入はそんなことを思い出していた。

 

「あれ、戻ったんだ」
「なんかフライングしてたっぽい」
「相変わらずそそっかしいねえ」