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帰ってきた人/???

残念ながらあきらが現地に着いたとき、被害者の遺体はとうに燃やされていて、残穢を確認することはできなかった。
だからあきらは意気揚々と出向いた山の中で、気配の濃密な方へとそれだけを意識して歩く。手に持った薙刀状の呪具で草や細い木を払いつつ、数時間山道を進んだ頃、神社のような建物にたどり着いた。山頂近くの拓けた場所に立っており、くるりと振り向くと麓にある家々が見下ろせる。
高専の山から見るのとそう変わらない景色に、なおのこと気合いが入り、あきらは恐れることなく崩れかけの鳥居を潜った。

「ここだよね……」

きょろきょろとあたりの様子を窺う。
補助監督は地元の住人の話を元に祠があると思われる、と調査結果を報告してくれていたが、どう考えても呪いの気配が一番濃いのはここだ。ならここが本命だろう。運がいいなあと気楽に考えるあきらの足取りは軽い。
本堂らしき建物に進み、ぴっちりと閉じられた引き戸を開く。その奥には仏壇か祭壇のようなものがある。しっかりと閉まっているはずの扉の向こうから、呪いの気配が染み出していた。

「オッケー、当たり」

あきらは扉に手をかけ、それを勢いよく開いた。途端に溢れ出す呪いの気配を感じ取り、まるで己を鼓舞するように、自信ありげに笑って見せた。
 

**
 

変な呪霊だった。というより変な空間だった。

あきらが踏み込んだ先は呪霊の生得領域で、つまりは敵の本拠地というやつだ。同学年には悔しいが優秀な術師しかいないから、それに合わせて一年の初めから実力以上の任務にも同行していたあきらには、大して慌てるようなものでもない。ただ勿論、身構えはする。
呪力で構築された空間には、大きな和風のお屋敷といった風情の和室が、抜けても抜けても存在している。逆に言えばそれ以外のものがない。
神道的なものなのだろうか、部屋の装飾は高専に点在する神社の内装に近いものがあった。
昔は神様って呼ばれてたのかもなあ、と思いながら、あきらは呪力を辿ってやはり気配の濃い方へと進む。

果たしてどれくらいの間迷わされたのか。やっとたどり着いた一際広いお堂のような場所で、鎮座する呪霊と向かい合う。
人間大の土偶のような呪霊は微動だにすることなく奥の間に留まっていて、あきらを攻撃してくるわけでもない。首を傾げ、手に持っていた呪具で床をコンと叩いた。それでも動く気配がない。
生得領域の大袈裟さに比べて、随分大人しい呪霊だと思った。

「……うーん、領域の代償かな?」

結界など実力以上の能力を得るために、呪霊本体が弱体化する現象は珍しいことではない。
不思議に思ったが、元より物事を深く考えない質のあきらは、すぐにまあいっかと思考を放棄した。
物事は単純だ。見つけた呪霊を祓い、この空間を出る。麓に待機している補助監督と合流する。高専に戻る。そして五条の金でケーキと酒を山ほど買って昇級おめでとうパーティだ。

強く踏み込み、一気に間合いを詰めて呪具を振り下ろしても、呪霊はびくともせず、あきらは少しの手応えのなさを感じながら、今回の任務を達成した。
 

**
 

首を傾げながらも呪霊を倒し、足取りも軽く山を降りる。山の天気は変わりやすいと言う。そのせいか、それとも呪霊の領域の影響だったのかはわからないが、登ってきた時とは異なりうるさいほどに蝉が鳴いていた。おまけに暑い。
蝉が鳴きだすのってこんなに早かったっけ。まだ六月だというのに、地球温暖化ってやつだろうか。
その上行きとはまた別の道を行ってしまったのか、せっかく切り拓いた道が見あたらず、また生い茂る草木を払いながら歩いた。
高専の分厚めの冬服を着ておくには少し辛い気温で、あきらは仕方なく上着を脱いだ。呪霊退治そのものよりも気候の方にグロッキーになりながら麓の駐車場にたどり着き、山から出る前に呪具をバラして、ポケットに折り畳んでいた袋に仕舞う。
さて補助監督に報告だ、と見回してみる。

「……あれ?」

車を止め、御武運を、と真剣な顔で一礼した補助監督の姿がどこにも見当たらない。乗ってきた黒塗りの車もない。というか広いだけの駐車場には、車も人の姿もなかった。

「え?」

意味がわからず、あきらは首を傾げる。置いて行かれた?いやいやそんなはずはない。今回組んだ補助監督はそんな適当な仕事をする人間ではない。
ポケットから携帯電話を取り出し、パカッと開く。時刻は午後三時。おやつの時間だ。山に入ったのが朝だったから、登った時間に呪霊の領域で迷った時間、降りるのにかかった時間を考えるとそんなものだろう。

——圏外。

「まあ山の中だし……」

来たときはどうだったか思い出してみても仕方がない。とりあえずこのまま町の方へ行くか、と決める。補助監督はもしかしたら急用でどこかに行っているのかもしれない。入れ違いになる可能性はあるが、電波が入ったら電話をすればいいだけだ。

「歩くか〜……」

はあ、と溜息を吐いたあきらの足取りは重い。
にしてもなんでこんなに暑いんだろう、と辟易としながら、額に浮いた汗を拭った。