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帰ってきた人/2017年 8月

「は?」

電話を取り、呪術高専です、と述べた伊地知は、電話の主の言葉に思わず怪訝そうな声を出した。若い女性、というより少女の声が向こうから聞こえてくる。高専二年の高遠あきらです、と彼女は名乗ったのだ。
高専の生徒は少ない。二年なんて特にだ。思い出す必要もなく、眉根を寄せて答えた。

「当校にそういった学生は在籍しておりませんが……」

はあ!?と電話向こうで驚いた声がする。どこか聞き覚えがあるトーンだ。というか何かがおかしい。
生徒の身内を名乗るならまだわかる。呪霊の他にも呪詛師などある程度の敵を抱えている高専には、日々あらゆる探りが入れられていて、まあ間抜けだがその一環と考えられなくもない。だが架空の本人を名乗ってどうすると言うのだろう。
そんなわけないでしょ、と苛立った少女の声が聞こえ、伊地知は一層困惑した。少し考えるような沈黙の後、夜蛾先生は?と思い出したような声が続いた。

「はあ、学長ですか」
『学長〜!!?』

また驚いた声が上がる。何をそんなに驚いているのか、音量が大きい。相当大きな声を出しているようだ。
思わず受話器を耳から離した伊地知のことを、心配そうに同僚が見つめている。

「悪戯電話?切ったら?」

現実的なアドバイスに苦笑して、しかし、と考える。
何か変だ。何かがおかしい。

少しお待ちください、と電話の向こうに話しかけ、もう一度確認のために名前を尋ねる。ふてくされたような声が、『高遠あきら』と答えた。
 

**
 

おかしい。絶対おかしい。なんだっていうんだ。

山道から抜けて町まで降りてきても、あきらの携帯電話は生き返らなかった。どこを歩いても圏外圏外で、電波の立つ様子がない。呪霊の影響で電化製品が壊れることはそれなりにあるらしいが、まさかこんな時にその憂き目にあうとは思わなかった。
こうなったら電話を探すしかない。幸い携帯の電話帳は生きている。登録してある番号を使って連絡を取るのだ。

田舎町の住宅街を歩きながら、あきらはきょろきょろと公衆電話を探す。
しばらく歩いても見つからず、あきらは仕方なくふと見つけた交番で電話を借りることにした。

「出ないしっ……!!」

出ないどころの話ではない。お客様のおかけになった番号は、というお決まりのアナウンスが流れている。
どういうことだよ。この数時間の間に携帯解約してどこかに高飛びでもしたのか。
心配そうにこちらの様子を窺っている警官をアハハと笑ってごまかすと、あきらは相変わらず圏外の携帯を操作した。電話帳を開いて誰に連絡を取るか考える。家入、五条、夏油、と同級生が並んでいるのを見ていると「随分古いの使ってるね、若いのに」と警官が声を掛けてきた。

「え?そうですか」
「うん。今時ガラケーなんて、久しぶりに見たよ」

ガラケー、と聞き慣れない単語が出てきてあきらは首を傾げたが、ちょうどその時『東京都立呪術高等専門学校』という長ったらしい登録を見つけたので、深くは気にしなかった。

 

結論から言う。
やっぱりおかしい。

 

電話は通じた。男性の声で呪術高専です、という言葉を聞いたあきらは少し安心しながら、「二年の高遠あきらです」と名乗った。名乗ったが、電話からは間の抜けたような声が返ってきてしかもそんな生徒は在籍していないとかアホなことを言う。
高専なんて人数が少ないのに、しかも事務方は書類仕事で毎日のように生徒の名前を目にしているはずなのに、そんなはずあるかとあきらは思わずキレかけた。
実際、そんなわけないでしょと声を荒げ、そして担任の厳つい顔を思い出した。

「夜蛾先生は?」
『はあ、学長ですか』
「学長〜!!?」

何言ってんだコイツという気持ちが頂点に達し、あきらは叫んだ。警官がびっくりした顔であきらを見る。あははとまた苦しいごまかしで笑っていたところに、少しお待ちくださいという、困ったような声が返った。
 

**

 

——記録 2017年 8月
・2006年に行われた任務で、行方不明となっていた高専二年高遠あきらより連絡
・特級術師五条悟の確認、医療的観点での確認を経て、本人であることを断定。
・呪霊の結界の作用により、外界から隔絶され、時の流れが大幅にズレたことが原因と思われる——