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伊地知と閉じ込められる

胸のあたりをあやすようにぽんぽんと叩かれた。慣れない感触は逆に違和感になってしまうもので、伊地知はうっすらと目をあける。
こちらをのぞき込むあきらと目が合った。

「寝てていいよ」
「ふぁい……」

落ち着いた表情の上司にそう言われて、反射的に言うことを聞いて目を閉じてしまった。
だがしかしぽんぽんと引き続き叩かれる胸に、違和感はどんどん降り積もる。
ここはどこだ?どうしてあきらがいるのか?どうして自分は寝苦しいスーツ姿で眠っているのか?そもそも提出間近の書類が一束くらい残ってはいなかったか!?

「あきらさん!」

途端に飛び起きた伊地知に、さすがのあきらも目を丸くして「何」と尋ねた。

「何じゃないですよ!ここどこですか!?」
「さあ」
「さあ!?」

起きあがったことで、自分が置かれていた状況をようやく理解する。
やけに広めのホテルの一室らしき部屋の、大きなベッドの上に寝かされていたようだ。あきらは傍らに座って伊地知をじっと見守っていたらしい。見渡しても部屋に窓はなく、ただ頑丈そうな扉が一つ、設えてある。
こんな場所に心当たりはないし、来た経緯も思い出せない。
あきらもどうやらそこは同じなようで、伊地知は余計この上司のことがわからなくなった。なぜ平然として、しかも伊地知を寝かしつけようとしていたのか。

「まあ出方はわかってるから」

あきらが呑気に言った。未知の場所に連れてこられて慌てている伊地知とは随分対照的に落ち着いている。

「出方……」
「うん。出ようと思えば出られるよ」
「そうなんですか」

希望らしきものを持ち出され、ほっと息を吐いた。

「じゃあ早く出ましょう」
「駄目」
「はい?」
「伊地知が何時間か寝てから出る」
「ええ!?今日締め切りの報告書が」

あきらが伊地知の目をまっすぐに見た。

「何と言おうが、駄目」
「……あきらさん……」

そのまま伊地知の肩を掴み、ぐぐっと力をかける。女性にしては力の強いあきらにベッドの上に押し戻され、上から布団をかけられて、またぽん、と胸のあたりを叩かれた。

「最近あんまり休んでないでしょ」
「……人手不足なので」
「出たらちょっと手伝ってあげるから、とりあえず今は寝なさい」

手伝ってあげるという言葉を聞き、「あきらさぁん」と情けない声が出る。
一度絆されてしまえば、布団の暖かさも規則的に柔らかく叩かれる胸も眠気を誘うものにしかならず、伊地知は結局目を閉じた。

「伊地知にも頑張って貰わないと出られないし」

幸か不幸か。
あきらの不穏な一言は、眠りに落ちた伊地知の耳には届かなかった。